オーナーの長田一郎が、SETREと関わりの深い方々と1つのテーマについて語り合う「SETREの未来」。第7回目のお相手は、滋賀県守山市の市長・森中高史さんです。

20年間総務省に勤務し、その期間の半分は地方自治体への出向、半分は霞ヶ関での勤務と、地方と国を行き来されていた森中さん。2008年に守山市に出向した際に守山に魅せられ、以降滋賀との縁が深まって、2023年2月に守山市長に就任されました。

森中さんの考える「いい街」とは?今回はそんなテーマで、オーナーの長田とともに語っていただきました。

森中高史(もりなか・たかふみ)
1979年生まれ。2002年総務省入省。総務省では地方財政・税制、危機管理などに携わり、首相官邸へも出向。自治体は、守山市や滋賀県のほか、秋田県や岡山県へ出向。2023年2月より守山市長。


【対談の内容】
⚫︎ずっと守山に戻りたいと思っていた
⚫︎自分の「故郷」にするならここがいい
⚫︎日常と非日常の混在する街
⚫︎制度の狭間にも光を届ける街へ
⚫︎「自分の街はいいところ」と言えるように

ずっと守山に戻りたいと思っていた

長田:森中市長と初めてお会いしたのは、確か2018年でしたね。当時は、森中さんが滋賀県庁にいらっしゃった頃かと思います。

森中:そうでしたね。米原駅の再整備の件で、さまざまな方との意見交換の席でご一緒したのが初対面でした。当時からセトレさんのことはもちろん存じ上げていて、「すごいホテルだなぁ」と思っていました。

なんとなく、ホテルの経営者さんはビシッと厳しい方なのだろうとイメージしていたのですが、実際お会いした長田さんは温和で聞き上手な方で、少し意外でしたね(笑)。

長田:僕も総務省から出向されてきた方とお聞きして、同じくビシッとしている方なのかなと思っていたのですが、森中さんこそ想像より柔らかい印象で。いろいろと相談しやすそうな方だなと思ったのを覚えています。

長田:森中さんは、東京ご出身でしたよね?

森中:そうなんです。もともとは、守山市にも滋賀県にも縁もゆかりもない人間でして。東京の小金井というベッドタウンで生まれ育って、大学を卒業して総務省に入りました。

長田:そこからなぜ守山に?

森中:僕は20年間総務省にいたのですが、そのうち10年は地方自治体、もう10年は霞ヶ関にいて、地方と国を行ったり来たりしていたんです。

というのも、行政の制度は国が決めるのですが、実際に執行するのは地方自治体なので、まずは現場を知り、国に戻ってその経験を制度設計に活かす、というのが総務省の役割なんですよ。

長田:なるほど。

森中:その中で2008年から2年4か月間、守山市役所に出向する機会がありました。それが初めての滋賀・守山との出会いです。その後も含めていろんな場所に住みましたが、守山は本当にいい街だなと感じて、いつかまた帰ってきたいなと思いました

でも同じ地方自治体に2度出向することはできないので、総務省の人事に「滋賀県庁に行きたい」と希望を伝えていたんです。希望が叶ったのが2018年。その時に長田社長と出会いました。

長田:森中さんにとっては、当時2度目の滋賀だったんですね。

森中:はい。守山市長になったきっかけは、宮本前市長からのお声がけです。宮本さんは僕の守山への思いをご存知だったので、引退する時に「やってみないか」とお声がけくださって。私もずっと「守山に戻りたい」と思っていたので、迷わず立候補することにしました。2023年1月に当選し、その年の2月から市長に就任しました。

 

自分の「故郷」にするならここがいい

長田:そもそも、どうしてそこまで守山に戻りたいと思われていたのでしょうか?

森中:いろいろ理由はあるのですが、まずは自分がずっと転勤族だったのが大きいかなと思います。長田さんも過去の記事で、親御さんの仕事の都合で引っ越しが多く「故郷がない」という感覚があったとおっしゃっていましたが、私も同じような感覚があるんです。 

長田:生まれ育った小金井は「故郷」という感じはしませんでしたか? 

森中:そうですね。両親も外からの移住者でしたし、地元の学校に通っていなかったのもあって、地元に友達もいなくて地域活動もしてこなかったので、自分の中ではホームグラウンドという感覚が持てなかったんです。「自分の『故郷』を作りたい、そこで何か役に立つことをしたい」……そんな思いで総務省に入ったような気がします。

長田:そうだったんですね。

森中:そこで選んだ「故郷」がなぜ守山だったかというと、一番バランスがいいと感じたからです。わかりやすく言うと住みやすい街だなと。駅前はほどよく便利だし、教育や医療環境は整っているし、京都・大阪にもすぐ出られて交通の便もいいし。一方で、車で15分ほど行けば、琵琶湖の素晴らしい景色や豊かな自然がある。利便性と自然のバランスが、すごくいいんですよね。

長田:確かに。

森中:また、守山には地域づくりに一生懸命な方が多いんですよ。市民さん、団体さん、企業さん、それぞれが「守山のために何かしよう」と頑張っていらっしゃる。それは今まで住んだどの街よりも強く感じました。だから、自分の故郷にするならここがいいなと思った。それが1番の理由ですね。

長田:今森中さんがおっしゃったことは、まさにここにセトレを作った時に僕自身もすごく感じたことです。守山の皆さんは、僕たちがやろうとしていることをおもしろがって一緒にやってくださる。新しい人やものに対して排他的な街も多い中で、守山はスッと入り込ませてもらえるような感覚がありました

森中:そうですね。もともとベッドタウンで外から来られた方が多い街、というのもあるかもしれません。僕なんかまさに移住者で市長になっていますけど、街に入り込むハードルはとても低いと感じます。

長田:例えば「この木材を使って家具を作りましょう」とか「この土を使って壁を作りましょう」とか話していたら、生産者さんもおもしろがって、次々と知り合いをご紹介くださって。僕たちが努力や工夫をせずとも、繋がりを生んでもらえました。守山の街の雰囲気が、セトレの価値を引き出してくださったように思います。

森中:守山はエリアがコンパクトなので、みんな顔見知りなんですよね。誰がどんな活動をしているのか大体みんな知っているし、その中で変な足の引っ張り合いが全然ない。それは行政としてお願い事をする時もやりやすくて本当にありがたいです。「街にとっていいことはどんどんやればいいじゃん」という雰囲気がありますね。

 

日常と非日常の混在する街

 森中:セトレさんの取り組みはどれも素晴らしいですが、特に生産者さんへのリスペクトを大事にしていらっしゃるところはとても素敵だと思います。料理、建築、内装と、生産者さんの思いを理解した上でしっかり活かしていくスタイルは素晴らしいですよね。

長田:ありがとうございます。

森中:手前味噌ではありますが、私も基本的に、普段使うものは地元のものを選ぶようにしているんですよ。「地産地消」という意識ではなく、単に近くに住んでいるから会いに行ける、直接話を聞くことができる。そうして身につけたり食べたりすると、満足度がとても高いんですよね。

森中:ちなみに今日のこのシャツは、東近江の麻のシャツです。スーツと靴は守山のオーダースーツ専門店・DAVID LAYERさんのもので、名刺入れは長浜の浜ちりめん。お見せできませんがインナーは全部、高島ちぢみ。水筒は彦根のKINTOさんのもので、中に入っているお茶は土山のものなんですよ。

長田:徹底されていますね!

森中:大体が知り合いの方の製品なのですが、スタイルや思いに共感して行う買い物はとても楽しいし、また買おう、また食べようと思い、どんどんファンになっていきます。セトレさんでされているのもそういうことなのではないかなと想像しています。

森中:またセトレさんでは、「オールインクルーシブ」を掲げて、セトレで1日過ごすスタイルも大事にされていますよね。僕は先ほど守山の良さを「利便性と自然のバランスがいい」と話しましたが、もっと言うと「日常と非日常のバランスがいい」ということでもあると思うんです。

例えば平和堂に買い物に行く、電車で京都・大阪へ行く……そういった日常の利便性があるとともに、少し行くと琵琶湖にザブンと入れたり、初夏には市民の皆さまが守り、育てた蛍が街中で見られたり。そういった日常と非日常の垣根が低く、行ったり来たりができる街だなと。

そんな中でセトレさんは地域の人にとって、まさに非日常的な存在というか。日常から少し離れて、ここで琵琶湖を眺めてのんびりしたり、レンタサイクルで湖岸を散策してみたり。そういう場所が近くにあるというのは、街の方にとってもいいことだなと思います。

長田:ありがとうございます。まさに森中さんが今おっしゃったことを、僕たちは「異日常」と呼んで大事にしています。第二の自分の居場所、というイメージですね。

森中:なるほど、「異日常」ですか。

長田:でも、最初からそんなことを考えていたわけじゃなくて、実はここ守山で3軒目のセトレを始めてから意識するようになったことなんですよ。セトレはどこも立地が観光地ではないので、そもそも外から人を呼ぼうという発想が持てなかった。であれば「泊まる理由のない方にどうしたら泊まっていただけるだろうか?」というのが、我々の問いでした。つまり、ピントが外ではなく、中の方達に向かわざるを得なかったんですね。

そういった目で守山を見たときに、まさに今おっしゃったような「日常と非日常」が混在している場所であることに目が行きました。それでここを、観光のために寝泊まりする場所ではなく、地元の人・産物をしっかり表現していく場所にするのがいいのではないか、と。今セトレは全国に5か所ありますが、セトレを貫くそのコンセプトが浮かび上がってきたのは、守山がきっかけだったんです。

森中:そうだったんですね。

制度の狭間にも光を届ける街へ

長田:ぜひ今日聞いてみたいと思っていたのですが、森中さんにとって「いい街」とはどういうものなのかな、と。

森中:「いい街」って、すごく難しいテーマですよね。まず住んでいる人が住みやすいというのはもちろんとして、一度出て行った方がどこかのタイミングでもう一度戻ってきたいと思えるのもまた「いい街」の要素ではないかなと思うんです。

守山には県立・私立ともに人気の中高一貫校があるのですが、大学がないので進学の際に外に行ってしまうことが多いんです。となると、就職も外ですることが多くなりますよね。でもいつか、子育てのフェーズに差し掛かった時などに戻ってきたいと思えるような街が「いい街」なのかな、と。

長田:なるほど。

森中:そのためにも、まずは子育て支援に力を入れたいと思っています。「産みたい」と思う人がなんらかの理由でそれを諦めないように、子育てを躊躇しないような街づくりは一番に掲げていますね。

また、もう一つ大事にしたいのは、制度の狭間にいらっしゃる方々への支援です。

長田:制度の狭間?

森中:例えば、18歳までは児童福祉制度があって、65歳以上なら高齢者福祉制度があって、障害者手帳をお持ちの方には障害者福祉制度がある。だけど、それらのどこにも属していないけれども生活に困っている方って、実はたくさんいらっしゃるんですよね。

生きづらさを抱えている方であったり、その渦中にある方のご家族であったり。そういった、今の制度ではなかなか支援が届きにくい方にも、きめ細かいサポートができる街にしたいです。

長田:「いい街」の定義っていろいろあると思いますが、森中さんがおっしゃるように、狭間や穴のない、みんなが暮らしやすい土壌づくりというのはとても大事ですね。

「自分の街はいいところ」と言えるように

長田:「いい街」というと、セトレをここで開いたときに、地元の方に「こんなところにホテルなんか作って、誰が泊まるの?」と聞かれた時のことを思い出します。「滋賀なんて誰も来ないよ」って、滋賀の人に言われちゃったんですよね(笑)。

でも、よくよく話をしてみると、生産者さん、職人さん、地元の方々、みんなシビックプライドを持っていらっしゃる。みんな本当は、ここが「いい街」だと思っているんです。

恩着せがましいかもしれないけれど、セトレはそんな人のためにやっていきたい。ホテルというインフラを通じて自分たちの活動を発信していけたら、きっともっと「いい街」だと感じられるのではないかと思うので。

森中:今「シビックプライド」という言葉が出ましたが、おっしゃる通り、守山に限らず滋賀の方は、実は自分たちの街への満足度が高いと思います。でも、対外的にはそれを表に出さない奥ゆかしさがあったり、逆に卑屈になってしまったりしがちなんですよね。

今のお話を聞いて、「いい街」というのは素直に「自分の街はいいところですよ」って言えるところなんじゃないかと思いました。セトレさんと連携することで、そんなふうに言える方が増えるんじゃないかなと。

長田:たまに観光業界の方に、「地元の生産物をもっと強くアピールすれば、もっと売れるのに」というようなことを言われるのですが、僕たちがここで一生懸命商品を売ったところでたかが知れているんですよ。そんな観光的な目線よりも、生産者さんたちがセトレを舞台に発信して、ここをきっかけに広がっていくことの方が大事なんです。

実際、もう事業を畳もうと思っていたという守山の生産者さんが、「セトレで扱われたことをきっかけにもうちょっと頑張ってみようと思った」とおっしゃったことがありました。僕はそういうきっかけを作りたいんですよね。

森中:とても素晴らしいことですね。守山には、まだまだそういう可能性が眠っていると思います。

ちなみに僕は、もっと琵琶湖の魅力を活かせないかと考えています。地元の方でも、琵琶湖の近くに住んではいるけど入ることはないって方が多いんですよ。琵琶湖でとれる魚を食べたことがないという若者も多くて。給食で出ているはずなんですけどね(笑)。

それは外から来た僕としてはもったいないと感じるし、僕ら行政にももっとできることがあるのではと思います。もちろん観光客の方もですけど、まずは身近な地域の皆さんにじっくり琵琶湖のことを知ってほしい。湖岸にあるセトレさんと、今後何かできたらいいですね。

長田:僕はここから琵琶湖を船で渡って、近江八幡の沖島に行けたらいいなぁと夢見ているのですが、滋賀県って琵琶湖を境にした東西南北で経済圏や文化圏が違うから、それを水上でつなげるアクセスができたらおもしろそうですよね。せっかく目の前にありますし。もちろんそれは我々だけでできることではないので、行政や漁協さんも含めて琵琶湖の活用を模索していきたいですね。

森中:守山には、まだまだ「いい街」になるポテンシャルがあると思うので、それをともに引き出していきたいですね。これからもよろしくお願いします。

長田:こちらこそよろしくお願いします。

対談後記

「『いい街』というのは素直に『自分の街はいいところですよ』って言えるところなんじゃないか」……お二人の対話の先に生まれた「いい街」の一つの定義。

「自分の街はいいところ」と発信できる舞台としてSETREがある。逆に言えば、一市民としてそんな場所を積極的に活用できれば、より自分の街や仕事を好きになれるのかもしれません。中にいるからこそ見えない我が街の魅力を、外から来た人に見つけてもらうことで、「いい街」はより豊かに育まれていくのだろうと、自分ごととしても学びを得ました。

取材後には、琵琶湖の魚料理が食べられる「ビワコドーターズ」さんへ。初めて食べる魚が多かったですが、どれも絶品。守山にも我が街にもまだ見知らぬ魅力がたくさんあるのだろうなと、ワクワクする一日を過ごさせていただきました。

執筆:土門蘭
写真:岡安いつ美

 

\対談の舞台となった場所/

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