オーナーの長田一郎が、SETREと関わりの深い方々と1つのテーマについて語り合う「SETREの未来」。
第8回目のお相手は、株式会社和えるの代表・矢島里佳さんです。

「先人の智慧(ちえ)を私たちの暮らしの中で活かし、次世代につなぐこと」を目指し、様々な仕組みやきっかけ作りを通して、伝統を伝え続けている和えるの矢島さん。

長崎・姫路・奈良といった3箇所のセトレでは、「日本の伝統に出逢う旅を」というテーマで、その地域ごとの伝統産業を取り入れた“aeru room”を手がけていただきました。

矢島さんが考える「伝統」との関わり方とは? 今回はそんなテーマで、オーナーの長田とともに語っていただきました。

矢島里佳(やじま・りか)
「日本の伝統を次世代につなぎたい」という想いから、大学4年時である2011年3月「株式会社和える」を創業。2012年には“0歳からの伝統ブランドaeru”を立ち上げ、2014年7月に東京・目黒に「aeru meguro」、2015年11月には京都・五条に「aeru gojo」をオープン。日本の伝統や先人の智慧を、次世代につなぐためにさまざまな事業を展開している。

 

対談の内容

⚫︎「売る」ことではなく「伝える」ことが仕事
⚫︎ 地域・伝統の魅力を伝えるメディア「“aeru room”」
⚫︎ 伝統とともに暮らすと人は優しくなる
⚫︎「地域の宝物が詰まった居場所」を作りたい

 

「売る」ことではなく「伝える」ことが仕事

長田:矢島さんが株式会社和える(aeru)を創業されたのは大学4年生の時だったんですよね。 

矢島:はい。2011年3月に創業したので、今年で14年目ですね。東京で創業し、京都にも拠点を探していた際に、地域の方のご紹介で、今の京都「aeru gojo」の大家さんをご紹介いただき、ちょうど10年前からこちらにも寄せていただきました。

和えるは「日本の伝統を次世代につなぐ」ために誕生し、その伝え方によって事業形態を変えています。初めは「出産祝いに日本の伝統を贈る」という文化を提案するべく、“0歳からの伝統ブランドaeru”を立ち上げました。

その他にも、伴走型リブランディング支援や、イベント・展示会の企画運営、研修・教育プログラムの実施など、さまざまな事業を行っています。その方にとって、一番良い伝統との出逢い方はどういうものか。そんなことを考えながら、和えるとしてできることを展開しています。 

長田:セトレでは、長崎、姫路、奈良で「“aeru room”」という客室のプロデュースを行っていただきました。その話に入る前に、まずは矢島さんが和えるを始めたきっかけについて教えていただけますか?

矢島:私は東京生まれ、千葉のベッドタウン育ちなのですが、なかなか日本の伝統に触れる機会がなく、そのせいかずっと「日本に憧れる日本人」のような感覚でした。中学・高校時代に茶華道部に入り、実際に伝統に触れることで、ますます興味関心が広がっていったのが始まりでした。

大学ではジャーナリズムを勉強していて、将来はジャーナリストになりたいと考えていました。そこで「何を伝えるべきか」と人生を振り返ってみると、やはり茶華道部で得た気づきや豊かさが大きなものであると気が付いたのです。お茶室を構成している伝統産業品、それらを生み出している職人さんにお逢いしてお話をお聞きしたい。そんな想いから、自分の伝えるべきことが明確になり始めました。

その後、大学在学中にライターとして取材をさせていただきながら、「やはり私は職人さんがとても好きだな」と自覚しました。このように日本の文化を生み出している方々がいらっしゃるから「世界が憧れる日本」になっている。日本の伝統がなくなれば、精神性もともに薄れていくのではないか。そう考えて、「日本の伝統を伝える」仕事がしたいとより強く思うようになりました。

矢島:コロナ禍以降、外国の方がたくさん日本にいらっしゃっています。オンラインでなんでも買えて、どんな映像も観ることができる時代に、なぜ実際に訪れるのか。そう尋ねると、「日本の精神性に興味がある」という方が非常に多いんですね。

和えるでも、ここ1年半ほど訪日外国人の方をお出迎えして茶道体験ワークショップを行っているのですが、真の目的はお茶を点てることではなく、茶道という入り口を通じて日本の精神性に触れていただくことなんです。

「なぜ亭主は、宝飾品を外してお茶を点てるのか」「なぜお客様は、茶碗を回してから飲むのか」ゲストからの様々な質問に対して、和えるでは「なぜそうすると思いますか?」と一度問いかけてお客様にも考えていただきながら、対話の中でその理由をお伝えする時間を大事にしています。「実は亭主は、お客様へのおもてなしとして、お茶碗の一番良い表情の部分を見せているんです。お客様はそのことへ敬意を払い、口をつけないように回してずらして飲むのですよ」と伝えると、日本人の思いやりの心や気遣いを感じて、皆さん喜んでくださいます。

職人さんたちの仕事にもつながることはもちろん大切なのですが、そのために物を売るのではなく、ここで得た精神性を帰国後もご自身の暮らしで大切にしていただきたい、精神性を再現していただきたいという想いで、ワークショップ後には茶道具の販売も行っています。私たちの仕事は「売る」ことではなく「伝える」こと。物の時代が終わり、精神性の時代に突入した今、和えるは日本の精神性を伝え続けることにこだわりを持っています。

長田:矢島さんと初めて出逢ったのは10年ほど前なのですが、まさにその時も同じことをおっしゃっていました。当時矢島さんは京都の百貨店で展示会をされていたんですけど、「みんな物を売っちゃうんですよね」っておっしゃっていたんです。「私は物を売ってほしいんじゃなくて、精神性を伝えてほしいのに」って。

矢島:その頃から同じことを言っていたんですね(笑)。

長田:物は売れたほうがいいに決まっているのに、「変なことを言う人だなぁ」と思ったのが第一印象でした(笑)。だけど今お話されていた和えるのコンセプトを詳しく聞くと、自分たちのやりたいことと同じだなと共感しまして。ちょうど僕も、その頃から「『ホテル』を脱したい」と思い始めていたので、矢島さんのお話はとてもよくわかったんです。

矢島:当時から長田さんも「僕はホテルをやっているつもりはない」とおっしゃっていましたよね。私も「ホテルなのにホテルじゃないなんて、変な人だなぁ」って思っていたんです(笑)。もちろんとてもいい意味で、ですよ。

私は出張が多いのでよくホテルを利用するのですが、稼働率だけを重視した、経済合理性で運営されているホテルに泊まると、なんだか心が落ち着かない。本来ホテルは心温まる場所であるべきなのに、残念な気持ちになるんですね。

だけど長田さんが「僕たちはホテル屋さんじゃない」とおっしゃった時、本当はホテルを通して地域と人が交流できる、まさに「和え」られるような場所を作りたいと思われているのかなと感じて。とても共感しましたし、素敵な大人だなと思ったのを覚えています。

 地域・伝統の魅力を伝えるメディア「“aeru room”」

長田:ちょうどその頃、4店舗目のセトレ長崎を作っている最中で、客室をどうすべきか考えていたんです。そんな時に矢島さんと出逢い、先ほどのお茶室の話をうかがいました。お茶室一つにしてもさまざまな職人さんの手仕事で構成されている。その担い手がいなくなれば、日本らしさも損なわれるのではないか。だから伝えることが大事なんだと。

そう聞いた時、ホテルの客室でそれができないかと思ったんです。客室の床、壁、インテリアなどを職人さんの手仕事で仕上げていただいて、僕たちが背景を伝えていく。それで、セトレ長崎の中に「“aeru room”」を作っていただいたのが始まりでした。

矢島:私は茶華道部にいた頃、「お茶室に泊まりたい」と思っていたのです。なぜかというと、お茶室を構成するもののほとんどが自然界の恵みなので、そこにいると癒されるんですよね。もしホテルや旅館などで伝統産業品に囲まれたお部屋を作れたら、伝統とともに過ごす心地よさや、暮らしへの取り入れ方を伝えられるのではと思っていたので、長田さんからのお申し出は願ってもいないことでした。

ホテルを単なる泊まる場所ではなく、地域の魅力を伝える場所にしたい。長田さんがやろうとされていることはまさに私のやりたいことで、“aeru room”が誕生する瞬間でした。

セトレ グラバーズハウス長崎「出島の歴史を感じるお部屋」

長田:長崎の後、矢島さんには姫路、奈良、そして僕たちがJR西日本ホテルズさんと一緒にやっている「梅小路ポテル京都」にも“aeru room”のプロデュースをお願いしましたが、“aeru room”を作るときにはどんなことを意識されていたのでしょうか?

矢島ホテルの部屋を、地域・伝統の魅力を伝えるためのメディアと捉えることです。どのホテルでも、「この部屋で何を伝えられるだろう?」と考え続けました。

セトレ ハイランドヴィラ姫路「明珍火箸 瞑想の間」

矢島:例えば姫路では「明珍火箸 瞑想の間」という部屋を作り、姫路を代表する伝統産業品「明珍火箸」をはじめ、職人の技で設えました。明珍さんは平安時代から続く甲冑師(かっちゅうし)の家系で、千利休さんの依頼を受けて火箸を作られていたことから、甲冑の需要がなくなった明治時代から火箸作りを生業とされています。そんな明珍さんの火箸の音を聞くことをテーマにしたお部屋を作り、そこでゆったりとした時間を過ごしていただきたいと思い「明珍火箸 瞑想の間」を作りました。

また「梅小路ポテル京都」ですと、京銘竹、北山杉、丹後縮緬、箔といった伝統産業で使われる素材にフォーカスしています。部屋全体を通して、素材の風合いやぬくもりを感じられるように仕上げました。そういうアイデアを共に実現してくださる職人さんとできたのも良かったですね。

長田:そうですね。矢島さんとフィールドワークをする中で、さまざまな伝統産業に出会えたのはもちろん、職人さんの想いやキャラクターを知れたのもとても良かったです。ほとんどの職人さんがホテルとの取引が初めてで、ご自身の手仕事がお客様に伝わる部屋作りを一緒におもしろがってくださって、いい関係性が築けたなと思います。

梅小路ポテル京都「北山杉のお部屋」

矢島:ただ、長田さんが目指すホテルのあり方に近づけたのではと思う一方で、“aeru room”は物語を伝えないと真の力をしきれないお部屋であることも事実だと思います。例えば梅小路ポテル京都の「“aeru room”」にはテレビがないので、いわゆる従来型のホテルだと勘違いされてテレビがあることを期待しているお客様が泊まると、お客様の不満へ繋がってしまうこともあるだろうなと。

でもなぜテレビがないかというと、お部屋を通じて地域の伝統に浸っていただき、新たな出逢いを体感していただきたいから。自分たちがどういう想いでおもてなしをしたいと思っているのか、きちんと伝え続けることが大事だと思います。

長田:まさに、僕たちにとってはそこが課題です。箱としては体現できても、運営としてちゃんと伝えられているかというとまだまだだと思います。その文脈こそ、セトレとしてちゃんと伝えられるようにならないといけない。今後はそこをしっかりやっていきたいですね。

伝統とともに暮らすと人は優しくなる

長田:そもそものお話なのですが、矢島さんが「伝統」に対して熱意を向けられているのはなぜなのでしょうか。 

矢島:そうですね……伝統とともに暮らすと人は優しくなる、という感覚があるからでしょうか。

長田:「優しくなる」ですか。

矢島:実は「伝統を次世代につなげたい」というのは、最終目的ではないのです。それにより優しい人が増えて、最終的に世界平和につながること。それが和えるの真の目的なんですね。例えば、お茶室でお茶を飲んでいると心穏やかな気持ちになります。お茶室では刀を下ろすように躙り口が は狭くできていますし、身分に関係なくフラットに目の前の人とお茶を飲む場所ですからね。

長田:確かに、お茶室でけんかしたくなる人はいないですよね。 

矢島:“0歳からの伝統ブランドaeru”の商品を買われた方も「この子を家に迎え入れてから、優しく扱うようになった」とおっしゃいますし、”aeru room”に泊まられた方からは「普段は夫婦でスマホを見ながら過ごしてしまうけれども、久々にゆっくり対話ができました」というお声もいただいています。

優しくなったり、目の前のものを大切にしたくなる……そういう気持ちが、伝統に触れていると自然と起こるんです。自然界の恵みから生まれるものが多いからなのか、職人さんの魂が込められているからでしょうか。それが、今の私たちに足りない部分を埋め、心を豊かにしてくれているように感じます。

長田:はい。 

矢島:よく勘違いされるのですが、和えるは「伝統を守る集団」ではないんですよ。私たちは、なくなるのにも、残るのにも、ちゃんと理由がある。それが生物の進化であり淘汰だと思っているからです。

ただ、近現代は経済合理性によって不自然な淘汰が起こっています。このたった100年くらいの価値観で、伝統がどんどん失われている。私はそれが気になっていて、「本当にこの伝統が消えていいんですか?」と問いたいんです。

その上でみんなが「いりません」と言うのならいいのですが、ただ「知らないだけ」という可能性もあります。もしもその存在を知ってもらえたら、「こんなにいいものなら暮らしに活かしたい」と思う人がいるかもしれない。だから私たちは伝える職人として、世に問うている感覚なのです。

矢島:ある時、取材で漆(うるし)職人さんに漆のお箸をいただいたことがあったのですが、それでご飯を食べたらとても口当たりが良かったのです。それまで私は漆のお箸を使ったことがなかったので、こんなに違うのかと驚きました。その時、自分は漆の箸を選ばなかったのではなく、知らなかっただけなんだと気がついたんです。初めて「漆の箸」という選択肢が生まれ、毎日の食事がより豊かになると感じました。

世の中には私のような人がたくさんいるのでは。だからジャーナリストとして、日本の伝統を伝えて、現代の人々の人生の選択肢を増やすことが大事だと思ったのです。

長田:なるほど。僕自身は伝統をほとんど意識してこなかったのですが、セトレを運営する中で出会った、思いやこだわりを持った職人さんが手がけた物はやはりいいものだと感じるし、どうにか残したいと思うようになりました

僕は会社の創業者で、歴史的な何かを引き継いできた人生ではなかったのだけど、少しでもそういう成り立ちのものに貢献できたらなと思っています。“aeru room”含め、セトレ全体をそういう場所にしていきたいですね。

 

「地域の宝物が詰まった居場所」を作りたい 

矢島:長田さんは「セトレはホテルじゃないなら何なんですか?」と聞かれたら、どんな風に答えていらっしゃるんですか?

長田「地域の宝物が詰まった居場所」ですね。地場産業、伝統産業などを体感できる、地域のショールームのような場所。それがお客様の喜びにもなり、地元の方の誇りにもなるような、そういう「居場所」にしたいと思っています。 

矢島:とても素敵です。あの、これは提案なのですが、どこかの地域で少し小さめの、全10室くらいのセトレを作るのはいかがですか? そこで、長田さんが真に作りたい空間を作るんです。全室“aeru room”にするかは置いておいて、「地域の魅力を伝える、ホテルじゃないホテル」というコンセプトを徹底した、シンボリックな場所を作るのはどうでしょう。

長田:ああ、それはいつかやりたいですね。僕たちがやろうとしていることを望んでいる地域があれば、ぜひともやりたいです。

矢島:採用もこだわりましょう。ホテルじゃないので、ホテルマンはお断り(笑)。地域の魅力を伝えたい人が働いていて、地域の魅力に触れたいお客様だけがいらっしゃる。そんな、長田さんが思い描くことを100%やり切る、象徴的な場所を作るとおもしろそうですよね。もう、一緒にやるつもりで勝手なことを言ってしまっていますけど(笑)。

長田:ぜひやりましょう。今後の大きな目標ができました。ありがとうございます。

矢島:こちらこそ楽しみができました。ありがとうございました!

【対談後記】
矢島さんの「伝統とともに暮らすと人は優しくなる」という言葉を聞いて、「伝統」に対するイメージが変わるのを感じました。今までは伝統と聞くと、どこか自分とは関わりのない遠いもの、でも大事らしいから残さなくちゃいけないもの、という「お勉強」的な印象がありましたが、この対談の中で職人さんの魂に触れると心地よくなるのだと教わって、自分の生活の豊かさのためにもっと知りたくなりました。「伝える」とは、頭ではなく身体や心を使うものなのだなと学び、セトレという媒体にぴったりだと改めて思いました。お二人の今後の動きが楽しみです。

 

執筆:土門蘭
写真:岡安いつ美