オーナーの長田一郎が、SETREと関わりの深い方々と1つのテーマについて語り合う「SETREの未来」。第5回目のお相手は、淡路島で養鶏場を営んでいる北坂勝さんです。

お父様の代から続く「北坂養鶏場」を受け継ぎ、淡路島の人口とほぼ同じ約13万羽もの「日本の鶏」を育てている北坂さん。ここで収穫された国内でも珍しい純国産の卵は、セトレ神戸・舞子のお料理やカヌレにも使用されています。

セトレでの食のイベントにも数多く関わり、新人研修でもお力添えをしてくださっている北坂さん。今回はそんな北坂さんと、「食」をテーマに語り合いました。

北坂 勝
淡路島生まれ・在住の養鶏家。実家で経営する養鶏場を手伝いながら、2006年に「株式会社北坂たまご」を設立、たまごの加工販売を始める。同年に養鶏の経営も引き継ぐ。淡路島で「日本の鶏」を育て、直売所・見学会・イベント等による人との繋がりを通し、島の内外に「この土地でしかできない価値」を伝えていくことを目標としている。

「あ、おいしそう」と興味を持ってもらう

長田:北坂さんは、生まれも育ちも淡路島なんですよね。

北坂:はい。父がずっと淡路島で養鶏場をやっていたんですが、17年前に亡くなって、そこから僕がメインでやっています。それまでにも父の仕事を手伝ってはいたんですけど、他の養鶏場をあまり知らなくて、うちはどこにでもある養鶏場だと思っていました。でもいろんなところを見学するうちに、うちは他と違うんだなってわかったんです。

長田:その時気づかれた他との違いとは何だったんですか?

北坂:うちでは「さくら」と「もみじ」という純国産の鶏を飼っているんですが、実は日本には純国産の鶏が少なくて、海外から供給されたひよこが育って大きくなった鶏が多いんですね。卵を産んでいるのは日本なので、国産卵であるのは間違いないんですけど、種自体は日本のものではない。一方で僕たちの飼っている鶏は、日本に種を持つひよこが育った鶏なんです。

別に海外の鶏の卵が新鮮じゃないわけじゃないし、いい卵もいっぱいあるんですけど、意外と日本人に日本の鶏の卵って届いていないし、皆さんもあまりそのことをご存知ない。それに気づいてから、日本人に日本のもののよさを知っていただきたいと思いながら活動するようになりました。

長田:そういうことは、養鶏場を営む中で気づかれていったことだったんですね。

北坂養鶏場 直売所

北坂:ただそれがわかっても、自分のところの特徴を伝えるのがまた難しい。卵って全部あんな形してて、味も卵の味じゃないですか(笑)。どうやったら特徴が伝わるのかとずっとモヤモヤしている時に、あるデザイナーの方と知り合いました。それでその方と一緒に「伝える」ことについて試行錯誤を始めたんです。いわばブランディングみたいなことですね。名刺やリーフレット、パッケージを一新したり、直売所を移転オープンしたり……。

長田:確かにこの直売所も目を引きますもんね。

北坂:特に、お客さんに「あ、なんかおいしそう」って思ってもらえるようなディスプレイにはこだわっています。たくさんの情報を僕たちが伝えるっていうより、まずはお客さんから興味を持ってもらいたいな、と。

だから極論、別に卵を買ってもらわなくてもいいんですよ。ショールームみたいに、興味を持つきっかけづくりの種を蒔いている感じなんです。買ってもらって終わりではなく、卵の背景に興味を持ってもらうことで関わりを作りたい。それが僕らのゴールなんですね。

そんなことをやっているうちに、いろんなご縁で人とつながったり、イベントに参加して知り合ったりするようになりました。「養鶏場」という枠から一歩外に出たのが、そのきっかけになったのかなと思います。長田さんともその中で出会いましたね。

「作る」側の人にスポットライトを当てる

長田:北坂さんと僕が出会ったのは10年くらい前ですかね。セトレがお付き合いしている南淡路の西洋野菜の生産者さんのもとで、毎年うちのスタッフが畑の草引きをお手伝いしているんですけど、その後にBBQをするのが恒例になっていて。そこに僕が初めて参加した時に、北坂さんをはじめいろいろな生産者の方がいらっしゃったんです。

みなさん、何だか雰囲気が似ているんですよね。楽しそうにやっているっていうか。考え方とか価値観が合っている方達だから、どんどん数珠繋ぎのように知り合って、北坂さんも紹介していただきました。

北坂:ホテルの人が草引きとかするんやって驚きました(笑)。その後も、あまりビジネスライクな始まり方ではなかったですよね。

長田:そうでしたね。当時から「北坂さんって自然体な方だな」って思っていたんですよ。いろんなところから学んでいらっしゃるんだけど、別に浮き足立つ感じでもなく、ご自身の営む養鶏場を自然に説明してくださったりね。だけど、卵の見せ方なんかはすごく上手で。だからもう、「卵がおいしい」より先に「北坂さんっておもしろい人だな」っていうのがあったんです。食べる前からおいしいという感じ。それで自然に取引が始まったですよね。

北坂:僕は長田さんと知り合って初めて「こういうホテルがあるんだ」と知りました。斬新なことをされているんだなぁと。生産者というより同じ経営者として、長田さんってどんな考え方をされているのかなって興味が湧きましたね。

長田:セトレでは時々、淡路島の生産者さんたちとお客さんが触れ合えるようなイベントをやっていて、北坂さんにもそちらに出ていただいています。僕らはその生産者さんたちを「淡路島オールスターズ」と呼んでいるんですけど(笑)、お客さんと直で接点をつくってもらう場にしたいなと。

北坂:でもあれはなかなか無茶振りな企画ですよね(笑)。お客さんのところに料理が届いて、「生産者です」と紹介された時、何を喋ったらいいのかわからなくなる人は多いと思いますよ。ちゃんと自分を持っている人じゃないとしゃべれないっていうか。

長田:そうですか(笑)。

北坂:養鶏に限らず生産者って、なかなかお客さんの前に出ることがないんですよ。今はマルシェなんか多く開催されているけど、畜産の人はほぼいません。忙しいからなのか、そういう業界なのかわからないけど、そもそも「作る」側の人だからお客さんに「伝える」ことはしてこなかった人が多いんだと思うんです。

長田:なるほど。

北坂:新規就農の人たちは、自ら選んで農業をやっている人たちだから、消費者の感覚もわかっているし、自分たちの取り組みについてもちゃんと説明ができる人が多い。だけどさっき言ったように、僕みたいにずっと昔からここで生きている人間にとっては、他とどう違うか明確になっていない場合が多いんですよね。「北坂さんのこだわりってなんですか」と聞かれても「食べたらわかる」しか言えない、みたいな(笑)。

だけどセトレさんのイベントに呼んでもらうと、ちゃんとお客さんに言葉で自分たちの特徴を伝えないといけない。それはすごい試練というか、鍛えられたなって感じはしますね

長田:ああ、そんなふうに感じていらっしゃったんですね。

北坂:父の代からお客さんが養鶏場の見学に来られることがあって、僕もそれを手伝っていたんですけど、実は内心嫌だったんですよ。何を喋ったらええねんみたいな(笑)。養鶏場も綺麗なものではないし、鶏は糞もするから臭いしね。そういう汚いところを見せるのがなんか恥ずかしくて、見てほしくない、何がおもしろいねんっていうのがすごくありました。でも、ご案内しながら鶏や卵のことを説明するうちに、「皆さん意外と知らないんだな」「すごく興味を持ってくれているんだな」ってわかっていったんです。

北坂:セトレさんでもお客さんと接する中で、「こういう人たちが食べてくださっているんだな」「こういうことを楽しみにしてくださっているんだな」というのを感じることができる。そのやりとりの中で多くのことを学ばせてもらっています。ただ食べてもらうだけじゃなくて、僕らがステージに引きずり出されてスポットライトを当ててもらう、みたいな。お客さんとの距離感をちょっと踏み込んだものにしてもらえるっていうのは、自分にとっては大きな学びになりましたね。

重要なのは「地産地消」ではなく「誰が作っているか」

長田:セトレが生産者さんを巻き込んでイベントをするのは、割と単純な理由からなんです。ホテルで料理を出されたとき、シェフによるお料理の説明とは別に、「この素材はどこで誰がどういう思いで育てたものなんだろう」と、素材の背景に関心を持たれる方ってすごく多いんですね。

でも生産者さんは、今おっしゃったように実際ご自分が作っているものが人の口に入る瞬間を見たり、食べている人たちの声を聞く機会がない。だけど、きっと見たり聞いたりしたいと思っていらっしゃるだろうなと思っていて。だったらその両者を出会わせちゃうのが一番話が早いなって思ったんです。

北坂:なるほど。長田:要するにうちは、メディアみたいなものとして存在しているんです。こっちにいる人とあっちにいる人をつなげて「どうぞここで聞きたいことを聞き合ってください」と。お客さんもそれを聞いて安心もするし、本当に「おいしい口」になっていく。生産者さんたちはお客さんのリアルな反応が見られる。それに越したことはないんじゃないかなって。奇をてらっているつもりはなく、普通の感覚でやっているんです。

北坂:畜産の仕事って、そんなに喜んでもらうことってないですからね。僕がずっと養鶏だけやってた時代は、本当に人に会わなくて、鶏にしか会わないから日本語すら喋らない日もあって(笑)。でもそうすると、何のためにやってるかわからなくなるんです。

直売所をやる前は、僕らの商品自体なかったんですよ。卵自体は作っているんだけど、ほぼ生協さんに降ろしているから、生協さんの「さくら卵」になるんです。

長田:OEMみたいな感じなんですね。

北坂:野菜もそうですよね。「淡路島の玉ねぎ」って言っても、誰が作っているのかお客さんにはわからない。別に誰が作っていても「淡路島の玉ねぎ」なら何でもいい。生産物って基本そんな感じなのかなって。だけどそれだとやりがいがないから、「僕らも自分たちの商品を持たないといけない」と考え始めて、デザインに興味を持った頃に長田さんと出会いました。

やっぱり目の前で喜んでくださるのを見ると、こっちも嬉しいんですよね。僕らにとっては当たり前のことを話すだけで喜んでくれたり、「おいしそう」「おいしい」と言って喜んでくれたり。そんなことを目の当たりにする機会は、生産者にも大切なものだと思います。

長田:僕たちも一番言いたいのは「地産地消で淡路島のものを使っています」ということではなく、「誰が作っているのか?」ってことなんですよ。ただ淡路島で生産しているからじゃなくて、僕たちとこだわりや思いがフィットしている人たちだからお付き合いしているわけで。重要なのは「地産地消」ではなく「この地域にこんな良いものがある」ということ。それをお客さんに伝えたいと思い続けていますね。

それぞれの「食」の役割について

長田:「食」に限らずですが、セトレにとっては「ここに来たからこそ感じられる何か」が肝だと思っているんです。なぜかと言うと、セトレがある場所ってホテルとしては適地じゃないから。景色はいいけど観光地ではないし、温泉やレジャーランドがあるわけでもない。だからこそ、ここに来る理由を作るのがすごく重要だなと思いながら始めたんです。

じゃあその「ここに来たからこそ感じられる何か」とは何なのかと言うと、僕たちは「地域資源」だと思っている。この地域における宝物ですね

北坂:はい、はい。

長田:僕はセトレ舞子を始めたばかりの頃、一番の売りは目の前にある海と明石大橋だと思っていました。でもやっていくうちに、その先にある「淡路島」に興味を持ったんです。

話を聞いてみると、淡路島にはIターン・Uターンの生産者さんたちが多くて、食料自給率も100%を超えているという。魚も肉も野菜もあって、日本が沈没しても淡路島が残っていたら食っていける、という事実を知った瞬間に、食料自給率40%の日本においてとんでもない島なんじゃないか?と目が行くようになりました。

でも淡路島にいる人は、外から淡路島を見れないじゃないですか。一方で僕らは、対岸から見ることができる。そういうふうに「淡路島を見ているホテル」というのはあまりないだろうなと。それならセトレを「淡路島がどんな島なのか」感じられる場所にすればいいのではないか。その大きな要素の一つとして「食」を捉えています。

北坂:僕はずっと淡路島に住んでいるから、以前はこの島の良さが全然わからなかったんですよ。だけどいろんな人と知り合ううちに、特に都会の人にとっては素敵な風景に見えるらしいということに気がつきました。「夕日が綺麗」とか「BBQがどこでもできる」とか、僕にとっては当たり前のことだったけど、ここには都会にはないものがあるらしい、と。

それはうちの養鶏場も一緒で、他の人から見ると恵まれていたりおもしろいものなんだと知ってから、「ない」ものではなく「ある」ものに焦点が当たるようになって、見え方がぐるっと変わったんですよね。ずっと「お金がない」「時間がない」など、ないものに固執していたけど、そこから何でもできるような気がするようになったんです。「恵まれているなら楽しまなくちゃ損やな」と、遊ぶ感覚になったっていうか。

セトレさんがスポットライトを当ててくれているのも、その部分なんだと思います。

長田:今のお話はすべての仕事に通じることですよね。

北坂:でも、卵ってどこでも売ってますからね。なくなるととりあえず補充するものじゃないですか。だけどそれって工業製品みたいに扱われているような気がして、作っている僕らにとっては冷たく感じるんです。僕にとっては「おいしそう」って思わないものからおいしい料理作るって、なんかすごく不自然な感じがする。

だけどご存知の通り、卵は鶏が産んでいるので、同じような形をしていても世界に一個しかないわけです。だから僕たちも、直売所やイベントなんかで、できるだけ卵のまんま、パッケージしないで売っているんですね。卵らしく見てもらうだけでも、サイズや形が違うことが伝わっておいしそうに見える。「これおいしそうやな」「卵かけご飯にしたいな」「あの人に食べてもらいたいな」っていう気持ちが湧いてきて、生活や味わい方が変わる。そういうきっかけが僕らの卵で作れたらいいなと思っているんです。

長田:なるほど。

北坂:僕は正直「うちの卵が一番おいしい!」って思ってるわけではありません。「おいしい」っていう感覚は人それぞれですから。でも、セトレさんのように僕らの卵を必要としてくれる人、僕らの取り組みを大事だと思ってくれる人は必ずいると思っています。

2020年に鳥インフルエンザが起きてすべての鶏を殺処分した時も、本当に大変な時期で続けるか悩んだけれど、たくさんの方が心配したり応援してくださったんですね。僕たちの卵を認識している方がいらっしゃったからこそ、続けることができたなと。

長田:それは本当に、北坂さんのお人柄だと思いますね。

北坂:セトレさんに来られたお客さんにも、お料理を食べて「直売所にも行ってみようか」と思っていただけたら嬉しいですね。そしてこれからも、卵の背景を知るきっかけや、その先の満足感をお届けできたらいいなと思っています。

取材・文:土門蘭
撮影:岡安いつ美

\北坂養鶏場の卵をセトレで楽しめます/
●ホテル セトレ神戸・舞子 モーニング、ランチ、ディナー
●純国産鶏の卵「さくら」を使用したカヌレ