オーナーの長田一郎が、SETREと関わりの深い方々と1つのテーマについて語り合う「SETREの未来」。第10回目のお相手は、アーティストの坪田昌之さんです。

人間の身体性と空間のつながり方をメインテーマとしている坪田さんの作品。そこにはセトレと共通した思想が流れており、現在はセトレ舞子、姫路、長崎の館内に坪田さんの作品を飾っています。これまでにもワークショップを開催してくださったり、舞子ではセトレをアトリエとして滞在しながら作品作りを行うなど、長年縁の深いアーティストです。

坪田さんが考える「アート」とホテルの関係性とはどういったものでしょうか?
今回はそんなテーマで、オーナーの長田とともに語っていただきました。

坪田昌之(つぼた・まさゆき)

アーティスト。1976年に大阪で生まれ、父が画家・版画家、親戚が家具職人という芸術や工芸に自然に触れられる環境の中で育つ。高校を卒業後、大阪芸術大学へ進み、在学中から関西や四国で開催された様々なアートイベント等に積極的に出品参加しながら、彫刻家として生きて行くことを志した。2001年に大阪芸術大学大学院芸術制作研究科彫刻修了後は、実家のある兵庫県姫路市にアトリエを構え、アーティストとして本格的に作品制作に専念する。

対談の内容:

⚫︎もともとアートに興味がなかった
⚫︎生きる経験すべてがアートに
⚫︎いろんな方法でアートを浸透させる
⚫︎自ら求めないと得られないおもしろさ
⚫︎興味がない人にもおもしろく
⚫︎「アートの入り口」に滞在する喜びを

 

もともとアートに興味がなかった

長田:坪田さんと出会ったのは2007年だったでしょうか。我が社初の自社ホテル「セトレ舞子」がオープンして2年後くらいに、あるアートディーラーさんが紹介してくださったのがきっかけでした。その方はアート作品の販売だけでなくレンタルもされている方で、セトレでもお世話になっていたんです。

実は僕自身はアートに全然詳しくないし、あまり興味があるわけでもなかったんですよ。周りのアートに詳しい人に勧められて置いているという感じで、全然こだわりがなかったんですね。だから、置いてある作品のこともアーティストのことも、僕も社員もよく知らない。ここに作品があろうがなかろうが、誰も気にしない。ただ意味もなく置かれているだけという状況に、我ながらずっと違和感がありました。

そんな状態でアートディーラーさんと出会ったのですが、その方は取り扱っている作品の背景やコンテクストなどを詳しく語ってくださる方で、「今度はこの方の作品はどうですか?」と坪田さんのことも詳しく紹介してくださったんです。それで坪田さんが実際にセトレに来てくださったのが初対面でしたね。

坪田:そうでしたね。初めてセトレ舞子を訪れた時のことはいまだに覚えています。舞子のレジデンス棟を訪れた時、アメリカの著名作家、サム・フランシスの作品が飾られていたんですよ。抽象表現主義と言われているアーティストの素晴らしい作品で、「長田さんはすごい作品をコレクションされているんですね」とアートディーラーさんと話していました。だから最初はてっきりアートラバーな方なんだと思っていたのですが、お話しているとどうやら違ったみたいで……。

長田:はい、「本当は全然わかってないんです」 と話しましたね(笑)。その作品は、うちの父親がオークションでその作品を落札したものだったんですよ。「ホテルなんだからアートくらい持たないと」とセトレに売りつけてきたんです。

坪田:お父上もすごいですよね。とてもいい作品を落札されたと思います。

長田: でも僕は額装にもこだわっていなかったし、西日に当たるところに作品を置いてしまったりしていて、アートディーラーさんに「これじゃダメですよ」と言われるまで気付かなかったくらいでした。それくらい興味がなかったんですよね。

だけど、坪田さんの作品は、そんな僕にでも伝わってくるものがありました。まず立体造形で比較的わかりやすいし、色使いや佇まいが人の目を引く。坪田さんの作品を嫌いな人はまずいないだろうと感じました。僕のようなアートに造詣が深くない人でもそう感じるのだから、いろんな人に受け入れられる作品なんだろうなと、一目見て思ったんです。

さらにご本人から制作についてのお話を聞くと、作品の背景に流れるものが自分の腹に落ちてきて、作品そのものに愛着が湧き始めました。アートに興味を持つとはこういうことなのだなと、坪田さんをきっかけに知ることができたんです。

坪田:ありがとうございます。そう言っていただけるのはとても嬉しいです。

長田:お客様はホテルに飾られたアート作品を見る時、そこにオーナーのこだわりを見出そうとすると思うんですよね。だから、そもそもアートに関心のないオーナーがどんな作品を飾っていても価値がないんです。「なぜこの作品を置いているの?」という理由をちゃんと伝えられるようになるには、自分自身がその作品に共感できていないといけない。坪田さんとの出会いがきっかけとなり、そこから「アートを通してセトレの世界観を表現できるようにするにはどうしたらいいか」と考えるようになりました。

生きる経験すべてがアートに

長田:坪田さんの作品は、特に素材がおもしろいですよね。「これは石なのかな、木なのかな?」と近寄って見たくなる。作品には主に自然の素材を使われているとのことですが、その素材に興味を持たれ始めたのはいつ頃なのでしょうか?

坪田:僕は大学時代に美術制作のおもしろさを知ったのですが、そこからいろんな素材を触るようになりました。もともと神社や古刹(こさつ)など、仏像や建築物に興味があったのですが、そのうち日本の木の文化に惹かれるようになり、木で彫刻作品を作り始めたんです。

また、在学中から国内外でアーティスト・イン・レジデンス(アーティストが一定期間、ある場所に滞在し、その環境でリサーチ活動や作品制作を行うこと)に参加し、その土地の魅力や歴史を掘り起こして作品を制作するということを行なってきました。土地由来の自然物はもちろん、身体で感じる湿度であったり温度であったり、空気ですら素材にすることができる。環境がもたらすもの、生きる経験すべてがアートになり得るとそこで学びました。 

長田:なるほど。そこで過ごす時間、経験すべてが制作に活かされているんですね。ちなみに坪田さんの作品は、線が重なった層のモチーフが多いですが。

坪田:あれはライフワークにしているシリーズなのですが、その時の自分の心拍、呼吸などを反映しているんです。それこそ、自分が生きていくことの写し身のようなものですね。

長田:僕はこのシリーズから、風や波を連想しました。まさにご自身の肉体と自然が連動した作品なのでしょうね。

坪田:はい。僕にとって、アートはコミュニケーションツールのひとつでもあり、何かとつながるための媒介装置なんです。旅をすると「この場所に来なかったらこんな気持ちにならなかっただろうな」と思うことがよくありませんか? そこにどんな空間があるのか、そこでどんな感覚が呼び起こされるのか、自分の足で立ってみないとわからない。そういう感覚が呼び起こされるような表現を目指しています。

いろんな方法でアートを浸透させる

坪田:なので、長田さんからセトレのコンセプトを聞いた時、僕がやろうとしていることと非常に近しいものを感じたんです。セトレさんは地域の資源を活用して、ここにしかない魅力を新たな形でお客様に提案されている。一方で僕はその気配のようなもの……「この街のこの空気感が好き」とか「この天気のこういう感じが好き」とか、自分の身体で感じないとわからないこと、言葉にできない何かを共有したいと思っているんです。

長田さんに「セトレ舞子で滞在制作をしてみませんか」と言っていただき、自由に作品を作れるアトリエを構えさせていただきましたが、そこでもただ部屋にこもって作るのではなく、セトレ周辺を歩き回って「素材」を集めています。駅からの道のり、周りの松林を通る時の匂い、光、湿度。いろんなものを全身で感じながら歩いて、それを作品に反映させるんです。

そこで僕が感じたことは、セトレに来られるお客様も同じように体験するでしょうし、逆に住んでいる方には当たり前すぎて気づかないことかもしれません。セトレという場所でしか感じられない何かを、作品からも感じてほしいですね。

ホテルセトレ神戸・舞子の共有スペースで再現された、坪田さんのアトリエ。セトレ舞子にあるアトリエ

長田:坪田さんはいい意味で、あまりアーティストっぽくないんですよ。アトリエ以外にも、セトレでアート教室を開いたり、廊下をギャラリーにしたり、作品だけではなく制作で使うハケなどの道具も展示してくださったりと、いろんな取り組みをともにしてくださいました。そのように、ただ作品を客室に飾るだけではなく、いろんな方法でアートを館内に色濃く浸透させていくと、よりセトレでの滞在価値も上がるのではないかと思います。

坪田:以前セトレ舞子で、卵を使って絵の具を作るワークショップをやりましたね。「エッグメディウムテンペラ」という技法ですが、淡路の北坂養鶏場さんに卵を持ってきていただいて、アートと料理を絡めたイベントを開催しました。卵で絵を描いたり、オムレツを作ったり。クリエイティブという領域において、アートと料理は親和性が高いので、その2つを揃えると急にアートが近く感じるんですよね。絵の具の防腐剤の代わりに酢を入れるとマヨネーズみたいな匂いがするなとか、絵ってこんな風に描くんだなとか。そんなことをできるホテルって、なかなかないと思いますね。

自ら求めないと得られないおもしろさ

長田:セトレでは「地域資源を企画編集する」というコンセプトで、地域の生産者さんや職人さんと連携して、プロダクトやサービスを生み出しています。ただ、そういった食べ物や家具など生活に密着したものと違って、アートは個人的な嗜好によるものなので、「自分には関係ない」と思われると全然興味を持っていただけない。実用性・汎用性のあるものに比べて、とっかかりが作りにくいものだなと感じます。

とはいえ、空間の中で世界観を作るために、アートはとても有効だと思うので、セトレでもチャレンジしたい。そのためにはまず社内にアートへの興味関心を浸透させないといけないのですが、そこでいつもつまずいてしまいます。ほとんどの人が、アートについて学ぶ機会は学校の美術の授業くらいですよね。お勉強としてのアートというか。その先の興味関心を持つには、どうしたらいいと思われますか?

坪田:今おっしゃったように、日本においてアートは、教科書で見るなど何かのきっかけがないとなかなか触れられないものだと思います。例えば海外では、アートフェアや美術館に幼稚園児が引率されている場面をよく見るんですよ。教育の時点で、海外と日本のギャップは大きいなと感じますね。

僕自身は幼い頃からアートに触れる機会が多く、身の回りに当たり前のように存在していました。まだ子供なので、もちろん「正しく理解しよう」という気もなくて、「あれおもしろいな」とか「これは気持ち悪いな」という感覚だけで見ていたんです。テレビでも本でも、なんとなく好きなものを選ぶじゃないですか。アートも最初は、そんな好き嫌いでいいと思うんですよ

長田:なるほど。

坪田:そこから歴史や宗教などを勉強するうちに、「この作品の背景ってこういうことだったのか」と理解が深まる瞬間が来る時がある。でもアートには答えないから、学びはどんどん深まっていく。ある意味、テレビやゲームよりも奥が深い。その代わり、自ら出会いに行かないとわからないおもしろさだと思います。

長田:確かにそうですね。能動的に自分から関わっていかないと、アート作品ってなかなか中に入ってこない気がします。

坪田:旅もそうですよね。自分がその場所を選んで、実際に訪れるから、そこで感じられることがある。自ら出会いに行かないとわからないところは、アートも旅も一緒だと思います。特に一人で旅をすると、知ること・わかることってたくさんありますよね。この時代にしか感じられないことを感じられる、この場所でしか出会えないものに出会える。その積み重ねが、人間としての豊かさを醸成していく。そういうものがアートであり、旅なのではないでしょうか。

長田:今おっしゃったのは、まさに現代、スマートフォンやAIの台頭によって奪われている感覚だと思います。今はどこに行こうにも「調べる」ことから始まって、自分がそこで何を感じるか、能動的に何を得るかがおざなりになっている。そのカウンターとしてもアートはあり得るんだなと知り、可能性をますます感じましたね。

興味がない人にもおもしろく

長田:僕がオーナーとして一番気になるのは、やっぱり「お客様にセトレのアート作品がどう見えるか」ということなんです。アートを通して、セトレのコンセプトや世界観がちゃんとお客様に表現できているか。それが理由で泊まりに来る方が増えるなら、とても素晴らしいことですしね。

今、世の中にはアートホテルがいろいろとできていますが、その多くがアートラバーのためのものだと感じます。そうなると、客層が偏ってホテルとして成り立ちにくいというのも正直なところです。ただ直島の「ベネッセアートサイト」に泊まった時は、すごい衝撃を受けました。美術館なのかホテルなのかわからない、そのあわいにある感じで、景色も空気も良くて、ここならアートに興味がない人でも楽しいだろうなと思ったんです。あそこまではできないとしても、あのようないいバランス感をうちで表現できないか、というのはずっと考えています。

坪田:僕としては、今よりもう一歩踏み込んで、セトレとアートの関係性を提示できたらと思っています。長田さんが今おっしゃったように、アートを見に行くのが目的というよりも、ここを訪れたらたまたま出会ってしまった、セトレに来ないとわからなかった、知り得なかったというようなことを感じてほしい。インスタレーションしすぎると「設え」になってしまうので、そうではなく、さりげなく一体化して佇んでいるような、そういうアートのあり方もいいのではないかと思います。

坪田:例えば客室の中のアート作品一つとっても、椅子から座って見るのと、横たわりながら見るのでは、目線一つでずいぶん見え方が変わりますよね。セトレさんは建築や内装のデザインにこだわっていらっしゃるので、風景と一体化させたり、借景にしたり、いろんな環境の要素を絡めながらアートのあり方を進化させられるのではないかな、と。

そういう意味でも、経営者、建築家、アーティストの三者で話し合うのもおもしろいと思います。バラバラの立場の人たちがセトレを通してつながることで、新しい化学反応が起きるかもしれない

長田:確かに、セトレが表現したいものに対して、三者三様のアプローチが同意のもとでできると、お客様にも統一感のある形で見てもらえるかもしれないですね。 

坪田:建築家やアーティストって、我が強いじゃないですか(笑)。そこに経営者の「うちはこうなんだ」という一貫した筋が通ると、きっとパワフルでいいものができるはずです。それがきっかけとなり、セトレのあちこちで「セトレってこういうものじゃない?」というアイデアが展開していく気がします。今はそれができる途中の、繭のような状態ではないでしょうか。同じ時代、同じ空間で考え方を共有し、そこからセトレが出来上がっていくというような。

長田:「セトレってなんだろう」「旅ってなんだろう」を、もう一度考える時期なのかもしれませんね。きっと一人ひとり違うでしょうし。

坪田:それは「生きるってなんだろう」にもつながると思います。今は、みんながもう一度答えを探っている時代なんですよね。コロナ禍を経て、人との繋がり方、出会い方、過ごし方を見直してきた。リモートでOKなもの、やっぱり現地に行かないとダメなもの……そういうことがみんなわかってきたと思うんです。

そこをセトレでも整理して、今後セトレはどうあるべきか、アートとの関係はどうあるべきか、坪田の作品を飾るならどこがいいか、そういうアイデアが出る時期に来ているんだと思います。小さなことでもいいから、スタッフさんも一緒になってみんなで話し合っていけるといいですね。

長田:自分がお客さんとして泊まった際、なぜここにこのアートがあるのか、ちらっとでも考えると思うんです。そこでスタッフに質問したとして、もしちゃんと「これはこんな作品で、こんな理由でここに置いてあるんですよ」と返してもらえたら、そのホテルにおける「旅」が表現されて、滞在経験の喜びの深さも変わってくるはずですよね。そういう意味でも、セトレにおけるアートの意味を、僕も含めスタッフ一人ひとりが言葉として持っておくことは大切ですね。

坪田:そういうことは、時間をかけてしかできないと思います。でもセトレさんにはすでにその蓄積がしっかりあるので、今はこれまでのアートとの関係性を整備して、また新しいことができる時期に来ていると感じます。これから新しい旅が始まる感覚が、僕の中にはありますよ。

「アートの入り口」に滞在する喜びを

長田:今おっしゃった通り、坪田さんとの20年近く関わり続けてきた中で培われたものは確かにありますよね。僕たちはホテル業として、「滞在」してもらうことで地域の価値を上げていこうと考えてきました。例えば「セトレ ハイランドヴィラ姫路」がある姫路では、みんな姫路城にしか行かないので、観光客は平均4時間しか滞在しないんだそうです。でもそんなんじゃ、本当の姫路の良さを知ることなんてできない。それなら、滞在する場所が魅力的であれば、滞在時間も長くなって、より地域の良さを知ってもらえるのではないか。そう考えているのがセトレなんです。

今後、セトレでの滞在価値を上げていくためにも、アートとセトレの関係性をより密にできたらと考えています。例えば、館内全体をアートギャラリーのようにして、坪田さんのワンアーティストとしてのコンセプトをより表現するとかね。一室だけではなく、すべての館内で統一して世界観を作る。その世界観を感じたくて滞在していただけるようになったらいいなと思います。

坪田:そうですね。今後はさらに一段上、二段上のことをしていきたいですね。例えば僕がセトレに何泊かしながら制作する中で、お客様を交えたワークショップを企画するのでもいいし。これまでセトレで充実させてきたことを、よりわかりやすい・伝わりやすい形に進化させてお客様に提案したいです。それが、お客様やスタッフの皆さんにとっての「アートの入り口」になったら素敵ですね。

長田:今度、芦屋でセトレのギャラリーを立ち上げる話もあります。そこにも坪田さんに関わっていただいているので、ぜひ一緒に「アートの入り口」を作っていきましょう。

坪田:これからもよろしくお願いします。

対談後記

アート作品を目の前にすると、つい「テーマは何? 時代背景は? 作者の意図は?」など、頭で考えて理解しようとする癖がありました。それこそ「お勉強としてのアート」に肩肘張っていたのでしょう。でも坪田さんのお話を聞いていると、その作品と向き合った時に自分が何を感じるのか、何を想起するのか……そういった自身の感覚や感性をもっと信じていい、楽しんでいいのだと気づき、ふっと心が楽になりました。

そうして改めて坪田さんの作品をじっくり見てみると、まるで風に吹かれているような清々しさを感じました。それはまるで、取材場所であった「セトレ ハイランドヴィラ姫路」の広々とした屋上で大きく深呼吸した感覚と繋がるような。これからはもっとアート作品と素直に向き合ってみようと、新たな出会いが楽しみになる時間でした。

執筆:土門蘭
写真:岡安いつ美