オーナーの長田一郎が、SETREと関わりの深い方々と1つのテーマについて語り合う『SETREと未来』。第1回目はプロローグとして、SETREオーナーの長田一郎に単独インタビュー。SETREに込めた想いや、運営において大切にしていること、目指している未来について話を聞きました。    長田一郎
1967年生まれ、神奈川県出身。1994年、株式会社プランドゥーシーに入社し、翌年関西支社支社長として、ハウスウェディングを数多く手掛ける。1999年、株式会社ホロニックを設立し、代表取締役に就任。2005年にホテル再生事業として、ホテル セトレ神戸・舞子(神戸市)を開業後、関西を中心にセトレグループとしてホテルを5店舗運営している。セトレグループでは、地域に密着し、人と人、人と地域のつながりを深めて価値に変え、共感の輪を広げる場を提供する「コミュニティホテル」を目指しており、自社ホテルで培ったノウハウを使った実践的コンサルティングも行っている。

お客様と生涯つながれる「ホテル」という場所

SETREの母体となるホロニック社を立ち上げたのは、31歳の時です。父が経営者だったので憧れもあったのか、昔から「起業したい」と考えていました。とは言え、何か具体的にやりたいことがあるわけでもなく、まずは金融について勉強しようと証券会社に入ったんです。その後、高校時代の同級生がブライダルの会社を立ち上げたので、スタートアップを経験したいと思いその会社へ入りました。

その時も実は、ブライダルという事業自体に特に興味があったわけではありませんでした。ただ、そこでプロデュースの仕事をしているうちに、ブライダル業界って不自由だなと感じ始めたんです。持ち込みが不可だったり、選択肢が少なかったり。そういった慣習を変えていこうとすることに、モチベーションが上がり始めました。

中でも一番変えたかったのは、新郎新婦さんとの関係性が一過性のものになってしまうことでした。せっかく新郎新婦さんと深い関係性を築いても、結婚式が終わるとそこで関係が断絶してしまう。その後も生涯に渡って関係性をつなげられたらいいのに……と朧げに思うようになったんです。そういった課題感が、ホロニックの立ち上げのベースにあったように思います。

ホロニック立ち上げ当初はブライダル事業がメインでしたが、転機はあるホテルの一部を使ったブライダルの請負仕事が舞い込んできたことでした。そのとき初めてホテルの館内で仕事をしたのですが、「ホテルならお客様と生涯つながることができるな」と気づいたんです。ホテルなら、新郎新婦さんが結婚してから何年経っても、「ここで結婚式をあげたね」と思い出の場所としてまた訪れることができる。

深く築き上げた関係性を、その後もずっとつないでいける。その気づきが、ホテル業に挑戦するきっかけになりました。その後、さまざまなホテルの再生事業を行い、2005年に初めての自分たちのホテル、「ホテル セトレ神戸・舞子」が誕生します。以降、姫路市、守山市、長崎市、奈良市といった4つの地方都市でSETREを開業し運営しています。

価値観でつながる「知縁」を生み出すホテルへ


正直に言うと、1つ目のSETREが産まれた舞子という場所は、ホテルをやるにはそこまで理想的な立地ではなかったんです。都心部から外れているので、観光やビジネスなどわざわざ泊まりに来る理由がない。もともと廃業したホテルを買い取って開業したくらいですから、これまでと同じやり方をしていてはダメだなと考えていました。

そこで考えたのが「地域の方に来ていただくこと」です。例えば、スーパー銭湯ってあるじゃないですか。今の時代、自宅にお風呂がない人ってあまりいないと思うんだけど、みんなよく行きますよね。なぜなら、お風呂に入るだけが目的ではなく、リラクゼーションや食事など、スーパー銭湯に行く理由が他にもあるからです。

そのビジネスモデルは、ホテルでも成り立つのではないか?と思っていました。観光やビジネスではないニーズ……家とも職場とも異なる「第三の場所」として、地域の方々にホテルを捉えていただけないだろうかと。そこで打ち出したコンセプトが、「地域の資源を活かし、共通の価値観をもつ人々が集う、コミュニティホテル」です。人や土地との関係性をつなぎ、価値観を共有できるような場所にしようと考えました。

昔は、血縁や地縁などをベースにしたコミュニティがありましたよね。町内会があったり、お隣さんに子供を預けたり。でも今はいろんな意味で便利になって、隣の家に誰が住んでいるのか知らなくても生きていける世の中になりました。

ただ、それで縁が必要なくなったかというと、そうでもないんですよね。SNSを筆頭にした価値観や知識でつながる縁、いわば「知縁」が新たに求められているように思います。

僕は、地域の方や生産者さんとつながることで、その「知縁」をホテルとして作っていきたい。家でも会社でも地域コミュニティでもない、価値観の共感でほどよくつながれる場所。そんな場所があることが、生きがいや働きがいのある豊かな社会へとつながるのではないかと考えています。

このコンセプトの背景には、僕自身に「故郷がない」ことが関係していると思います。子供時代、親の仕事の都合で引っ越しが多かったんですよ。だから幼馴染や町内会といった「故郷」に関する概念が、感覚としてないんです。SETREは一貫して地域の方との接点を持つことを大切にしていますが、その根源は自分のなかの「故郷」への憧れだったのかもしれません。

いつまでも余所者だったから、地域との継続的なつながりに飢えていたんでしょうね。だから、僕は一過性の観光業やインバウンドにはあまり興味がないんです。人との関係性をつなぎ続けていくことを、ホテルを通してやっていきたいと思っています。

「地域の編集者」であることとは?


とは言え、地域の人がホテルに来るって、なかなかないと思います。ホテルに来ていただくためにはSETRE自体が目的になってもらわないといけないので、「寝る」「食べる」以外の共有スペースを作って空間や時間の演出にこだわり、地域の魅力的な生産物や、地域×SETREのオリジナルプロダクトを発信し続けてきました。

その中で学んだことですが、地域で地場産業をされている方って、表立って言わなくても自分の住む場所に誇りを持っている方や、こだわりを持って根を張っている方が多いんですよね。そんな方を巻き込むと、「我が街のホテル」としてSETREを応援してくださるようになる。それが一番いい形だなと気づきました。だからSETREでは「お客様やマーケットに寄る」というよりも、「地域の生産者さんやプロダクトに寄り、ホテルというステージで発信する」という形を大切にしているんです

ホテルがリアルなメディアとして、地域のショールームになる……最初はその考え方は、あまり理解されませんでした。だけど次第に政府が「地方創生」を謳い始めたり、コロナ禍に「マイクロツーリズム」という言葉が生まれたりするうちに、「SETREさん、そういうの昔からしてましたよね」と言われることもあったりして、周りにも少しずつその考え方が伝わってきたように感じます。

ただ、僕たちは「何がなんでも地産地消」をしたいわけではないんですよ。「この地域のものじゃなくてはいけない」ってことではなく「この地域にもいいものってたくさんあるよね」という考え方なんです。と言うのも、一度姫路のSETREでこんなやりとりがありました。
料理長が牡蠣を調理していたのですが、それが姫路産ではなく広島産のものだったんです。「どうして姫路のものを使わないの?」と聞いたら、「広島産の方が料理に合うからです」と。「無理に地場のものにこだわる必要ってあるんでしょうか?」と逆に聞かれ、それはそうだよな、と思いました。

だけどそこで「地域の生産者さんにちゃんと会った?」と聞くと「まだです」と言うんですね。「一度会ってみたらどうかな。牡蠣以外のおいしいものを教えてもらえるんじゃない?」と話しました。僕は地産地消率を100%にしたいわけじゃない。
ただ、地域の方と仲良くなった暁には、そこにしかない素晴らしい海のもの・山のものに出会えると思っている。そういったものをうちのホテルで提供できたらいいのではないかな、と。「地域の編集者でありたい」とSETRE jouneyでは掲げていますが、それがうちの価値だと思うんです。

地域の生産者さんの大半は直販がメインで、ホテルと取引したことがない方ばかりです。だけどこちらとしては、条件やコスト云々の前に「これすごくおいしいけど、どんなふうに作っているんですか」と手触りのある会話をしたい。そこから関係性を作っていきたい。
そんな動き方をしていると、次第に市長さんや役所の方にもSETREに興味を持っていただけるようになりました。それも、観光振興ではなく地域振興の視点から。今では僕だけではなくSETREの現場のスタッフにも、そんな交流を楽しむ風土ができあがっているように思いますね。

目指すのは、さまざまな人に求められる「社会善」

今後の課題は、SETREの背景や世界観、情感を、より深く伝えることだと思っています。「地域の人・資源のショールームとしてのホテルであること」が伝わり、「こんな考え方のホテルなら、行かなくちゃいけないな」と思ってもらえるようになること。それが今後実現していきたいことですね。
もちろん集客や売上を上げることも大事なのですが、「集める」ことには限度があります。そうではなく「自然と集まってしまう」仕組みを作らないといけない。そのためには、SETREの持つ思想をホテルとして体現していかなくてはいけません。

例えば今、SETREでは「ZERO PROJECT」と名付けて、ペットボトルの廃止やアメニティの削減を実施しています。このプロジェクトは半ば強制的なものであり、フロントスタッフは当初少し不安がっていたのですが、実際に始まってからは「お客様に怒られない」と驚いていました。だけど、それがすべてを物語っているんですよね。
お客様が選択してくださっているのは、ペットボトルやアメニティの有無ではありません。

そのプロジェクトを実施している僕たちの「思想」なんです。SETREを取り巻く背景をより深く伝え、「思想」により共感していただけたなら、今後もリピートしてくださるでしょう。そうすれば「自分たちはいいことをしているんだ」と実感できるし、より自由にチャレンジできると思うんです。ですので今は、SETREという存在が「社会善」になるにはどうしたらいいかをずっと考え続けています。社会に必要とされるSETREとは何か?を考え、表現していきたいなと。

そもそも僕は経営を通して、「どうしたら社会に貢献できるか」を考え続けてきました。売上や事業も大切だけど、それらを目的とするのではなく、事業を通じて人の生きがいややりがいを作りたい。それがいい社会、ひいてはいい国を作ると信じているんです。自分が今やっていることが社会貢献につながっているという手触りが、僕にはすごくやりがいなんですね。

実は昔、ホロニックで上場を目指していたことがありました。そのためには事業計画を立てて、経済成長し続けないといけない。「来年はここにホテルを作って、再来年はここにホテルを作って……」と、「とにかく何かしなくては」という思いに常に苛まれていたように思います。

だけどある時「これって、誰にも頼まれていないな」と気づいたんです。自分で勝手に「しなくちゃいけない」と思っているだけで、誰にお願いされたこともでない。そう気づいてから、一旦いろんな事業をストップしました。そのとき大きく売上は下がったけれど、自分の中では腑に落ちたんです。

これからは無理矢理SETREを増やし続けるんじゃなくて、「ここにSETREがあったらいいな」と必要とされる存在になろう。そっちの方が、みんなにとっても自分たちにとっても心地いい。そう考えを変えて以来、「もっともっと」という欲がなくなりました。代わりに、みんなに求められるくらい魅力的な存在になろうと決めたんです。その理想系が「社会善」であることだ、と。

SETREが体現する「社会善」は、「関係人口が増えること」だと思っています。観光する人や交流する人が増えると、その地域に定住しようと考える人が増えるかもしれない。あるいは、生産者さんとの関わりを作ったり発信することで、後継者不足を解決する糸口になるかもしれない。

あらゆる地方都市が抱えている問題は「人口減少」ですが、SETREがそれを解決する存在になれたらとても素敵です。そのように意識を向けるだけでも、自分たちの行動は変化し続けると思っています。

僕はSETREで、気の合う人とたくさん出会えました。価値観の合う人、相性の合う人……そんな人同士のコミュニティができると、人にも貢献できるし、何より自分が楽しいんです。「知縁」でつながる、緩やかな連帯。SETREがそういう縁を体現する場として在り続けられたらと考えています。

 

取材・文:土門蘭
撮影:岡安いつ美