
【ミカフェート代表 川島良彰 × 長田一郎】どうしてホテルのコーヒーはマズイのか?
オーナーの長田一郎が、SETREと関わりの深い方々と1つのテーマについて語り合う「SETREの未来」。第9回目のお相手は、株式会社ミカフェート代表の川島良彰さんです。
「コーヒーで世界を変える」をテーマに、自然環境と人権を守りながらおいしいコーヒー作りに励む生産者とともに、コーヒーの品質・価値を高め、新たなマーケットを作り続けている川島さん。セトレでは、ミカフェート監修のオリジナルコーヒーを提供・販売しています。
川島さんが考える「コーヒー」のあり方とは? 今回はそんなテーマで、オーナーの長田とともに語っていただきました。
川島良彰(かわしま・よしあき)
1956年静岡県生まれ。1975年中米エル サルバドル国立コーヒー研究所に留学し、コーヒー栽培・精選を学ぶ。大手コーヒー会社に就職。ジャマイカ、ハワイ、インドネシアで農園開発を手掛け、マダガスカルで絶滅危惧種の発見と保全、レユニオン島では絶滅したといわれた品種を探し出し、同島のコーヒー産業復活を果たす。2007年に同社を退職後、日本サステイナブルコーヒー協会を設立し、2008年に株式会社ミカフェートを設立。著書に『コーヒーハンター 幻のブルボン・ポワントゥ復活』(平凡社)、『私はコーヒーで世界を変えることにした。』(ポプラ社)、『コンビニコーヒーは、何故高級ホテルより美味いのか』(ポプラ社)他。
対談の内容
⚪︎コーヒーの概念が覆された出会い
⚪︎かつてコーヒーとラーメンは同じ価格だった
⚪︎オリジナルコーヒーを通して産地とつながる
⚪︎おいしさを決めるのは、淹れ方ではなく「豆」
コーヒーの概念が覆された出会い
長田:川島さんと出会ったのは、ミカフェートさんが2017年にGINZA SIXに「グラン クリュ カフェ ギンザ」をオープンされてすぐの頃でしたね。共通の知人に「紹介したい人がいる」と言われたのですが、実は最初はコーヒーの業者さんだと思っていたんです。「じゃあ担当の者を行かせます」と言ったら、「いや、そういうことじゃないからとりあえず来て」と(笑)。どういうことなんだろうと思いながら川島さんとお会いしたのですが、ここでお話を聞きながら、初めてミカフェートさんのコーヒーを飲んだ時、その意味がわかりました。「コーヒーってこうなんだ!」と、大きな衝撃を受けたんです。
まずびっくりしたのは味ですね。ミカフェートさんのコーヒーは、全然苦くないんですよ。「なんでコーヒーなのに苦くないんですか?」と尋ねたら「コーヒーはフルーツだから、甘味と酸味を楽しめるように深く炒らないんです。長田さんが今まで飲んでいたのは泥水です」って言われて(笑)。「コーヒーってそもそもこんな味わいだったのか」と、コーヒーの概念がガラリと変わりました。
川島:最初に出会った時のことは僕もよく覚えています。僕もその方に「すごくいいコンセプトを持つホテルのオーナーがいるから、ぜひ紹介したい」と言われたんです。でも実は最初、断ろうとしたんですよ(笑)。残念だけど、多くのホテル経営者はコーヒーは他の食材の原価率を下げるための物とし、ほんの数パーセントの原価しか払おうとしない。お会いしてもお互いの時間が無駄になるだけだから、会わない方がいいんじゃないですかって。でも彼に「いや、長田さんはホテルとは別の業界から来て、これからのホテルを変えていこうとしている人だから、会えば絶対にわかる」と押し切られて。
それで長田さんがいらっしゃったわけですが、「コーヒーの概念が変わりました」と言ってくださいましたよね。その後すぐに、社員さん向けにコーヒーのセミナーをしてほしいとご依頼をくださって、セトレさんとのつながりが生まれました。
長田:味わいはもちろんなのですが、川島さんのコーヒーに対する思いや取り組みについて知って、「これはぜひうちにも取り入れないといけない」と思ったんです。
特に印象的だったのは、フェアトレードの話ですね。フェアトレードコーヒーは、貧しい生産者へ対価が支払われることを目的としているけれど、市場より高く設定された最低価格に守られて、価格が品質に見合わないことが往々にしてある。確かにフェアトレードで生産者の生活は守られているかもしれないけれど、お客様が質の悪いコーヒーを口にしてしまうなら、それはアンフェアじゃないか?と。それは、川島さんご自身が現地に入って生産されているからこそ言えることだなと思いました。
川島:フェアトレード自体は大切な考え方なのですが、「貧しい生産者が作ったのだから、まずくても買ってあげましょう」という上から目線のチャリティでは継続しません。チャリティは一時的なものであり、長続きしにくいからです。
そうではなく、生産者さんに「どうすれば品質が上がり、付加価値の高いコーヒーを作れるか」を指導し、その価値と品質を理解してくれる市場を作ることの方が、絶対にサステナブルです。こうして、生産者と消費者が真にフェアなトレードで結ばれます。
かつてコーヒーとラーメンは同じ価格だった

長田:そのお話を聞いて、本当にその通りだなと思いました。そこで川島さんは、コーヒーの品質のピラミッドを作られたんですよね。
川島:はい。ワインのブドウ園では、畑によって栽培する品種を選びますよね。そして、ワイナリーではそれぞれの銘柄のワインを仕込んでいきます。コーヒーも同じです。畑によって土壌、寒暖差、日当たり、雨の降り方、風の影響などが異なり、その結果様々な品質のコーヒーが収穫されます。コーヒーを嗜好品として醸成していくためにも、コーヒーもワインと同じように品質のピラミッドを作り、品質に応じた価格設定をすることが大事だと考えました。コーヒーもブドウと同じく、素晴らしいフルーツですからね。
例えば、ジャマイカの「ブルーマウンテンコーヒー」と一言で言っても、北斜面と南斜面では土壌がまったく異なります。北斜面はアルカリ性で、南斜面は弱酸性の土壌なんですが、コーヒーは弱酸性の土壌を好むので、南北でまったくクオリティが違います。でも市場ではそれらが十把一絡げに扱われているから、ブルーマウンテンの価値が落ちてしまう。それはとてももったいないことです。
そこで、品質の基準を作り、品質に合った価格を設定する必要があります。ワインでもテーブルワインからロマネコンティまであるように、それぞれのグレードで価格に見合ったおいしさを競い合うようになれば、生産者さんはより価値の高いものを作ろうと努力を重ねますし、安心して栽培を続けられるようになります。それは生産者さんにもお客様にも良いことですよね。
パートナー農園の生産者さんは、ミカフェートの厳しいスペック通りにコーヒーを作ってくれます。しかし、そのスペックに合わないコーヒーも一般的には高品質なので、「僕があなたの農園の価値を高めていくから、僕が買わない分は日本のよその企業に卸していいですよ」と言っています。独占契約を結ぶのではなく、コーヒーの品質と価値を高めるためにwin-winになっていくこと。それが本当のサステナブルだと考えています。
川島:ところで、1980年くらいまで、コーヒー1杯とある食べ物がほぼ同じ価格だったのですが、それはなんだと思いますか?
長田:その頃のコーヒーって、一杯300円くらいですかね? なんだろう……ラーメンでしょうか?
川島:そうです! コーヒーとラーメンは、その頃までほぼ同じ値段だったんです。だけど今、ラーメン1杯1000円以上しますよね。それはなぜかというと、ラーメン業界がラーメンの価値を高めるために頑張ったからです。出汁や具材にこだわり、1杯のラーメンの価値を上げていったんですよね。
でも、コーヒーの価格はそれほど大きく変わっていません。なぜならコーヒー業界は、価値を上げる努力をしなかったからです。バブル以前の日本には喫茶店文化があって、全国各地にこだわりの珈琲専門店が数多く存在しました。そのため、消費者はコーヒー1杯とラーメン1杯を同じ価値のあるものと認識していたのです。
しかし、バブル経済の到来により家賃が高騰し、喫茶店文化は衰退していきました。その後に出てきたのがチェーン店で、利益追求型のお店が増えていきます。また卸の市場では、コーヒーと無償の抽出機械をセットにして、大手ホテルやレストランと長期契約を結ぶビジネスモデルが確立されました。これによりコーヒーは更にまずくなってしまいました。なぜなら価格に見合わない低品質のコーヒーを納品し、その差額で機械代をカバーしているからです。このような状況では、コーヒー嫌いの人が増えてしまうのも無理はありません。
そうではなく、コーヒー本来のおいしさを世の中の人に知っていただいて、コーヒーの価値を上げること。それこそがコーヒー業界がやるべきことだと思います。
オリジナルコーヒーを通して産地とつながる
長田:川島さんとお話するうちに、ホテルがこれまで提供してきたコーヒーも、どこかおかしいなと思うようになりました。ホテルでは基本的に無料でコーヒーを出しています。客室に置いていたり、レストランの食後に出したり。なぜそんなことができるかというと、川島さんがおっしゃった通り、原価率が低いからです。だから誰もそのコーヒーがおいしいかどうかなんて考えていないし、そもそもお金をいただくという概念自体がない。僕自身、ホテルに存在する他の商品と同じ「商品」であるはずなのに、その価値を認識していませんでした。そのことに初めて気がついて、味わい以上の衝撃を受けたんです。
川島:某有名ホテルでは、原価10円ぐらいのコーヒーを2000円台で販売していますからね。おかわり自由ですけど、200杯以上飲まないと元が取れないし、あのようなまずいコーヒーは1杯でも飲み干せません(笑)。ワインだったら高いお金を出せばおいしいものが飲めるのに、コーヒーは価格と品質が釣り合っていません。
長田:本当のコーヒーの価値を知ってしまった以上は、お客様に泥水を飲ませるわけにはいきません。セトレでも、ぜひコーヒーをちゃんとした商品として売っていきたい。そう思い、2019年にミカフェートさんにセトレオリジナルのコーヒーを監修していただきました。

川島:僕たちのパートナー農園はすべてサステナブルな活動をしているのですが、国や社会構造によってそれぞれアプローチする課題が異なっています。長田さんにコーヒー豆を選んでいただく際に、味わいとともに各農園の背景についても知っていただいたのですが、最終的に選ばれたのはパナマのコトワ農園の豆でした。
その農園がある場所は、パナマでもコスタリカ国境の山岳地方で、ノベ族という少数民族が多く住んでいます。でも彼らの大半は公用語であるスペイン語が話せないため、就労の機会がなく、就けたとしても単純作業か肉体労働だけでなかなか貧困から脱することができません。そこでコトワ農園では、先住民の方を優先的に採用し、農園の中に託児所を作り、子供たちにスペイン語を教育する活動を始めました。
発展途上国では児童労働の問題が指摘されていますが、彼らにとっては、子供を置いて仕事に行けないという事情もあるんです。もし子供だけを留守番させたら、誘拐されたりレイプされたりしてしまう。でも託児所ができれば親御さんも安心して働けるし、何より子供たちの教育にも繋がります。
川島:また、コトワ農園は「自然と共生しながらおいしいコーヒー作りに励む」という創業者の思いが、100年以上にわたって受け継がれています。そのため、農園内はまさに自然の宝庫です。
かつてメキシコからパナマにかけて広く生息していたケツァールという美しい鳥は、自然破壊の影響で準絶滅危惧種に指定され、現在ではほとんど見られなくなりました。しかし、この農園には毎年40羽以上が繁殖のために訪れます。これは、コトワ農園が自然を守り続けていることの証です。
長田さんがコーヒーの味わいとともに、その背景についても興味を持ってくださり、コーヒーを通して子供たちの支援につなげられたらとコトワ農園の豆を選んでくださいました。
長田:セトレでは、オリジナルコーヒーの売上の10%をコトワ農園で働く人の子供たちが通う学校に寄付しています。ほとんどの子供にとって、その学校の給食が1日の唯一の食事であり、しかもその内容も炭水化物がメインです。僕たちの支援が十分な給食の提供に役立ち、就学率の向上や子供たちの健康促進につながればと考え、この豆を選ばせていただきました。
セトレでは「地域資源を企画・編集する」というコンセプトを掲げていますが、コーヒーひとつを変えることでいいことにつながるのなら、変えない手はありません。コーヒーの味わいはもちろん、特にこういった背景をお客様に伝えていかないといけないと考えています。
おいしさを決めるのは、淹れ方ではなく「豆」
川島:セトレさんには、ただ単にサステナブルなコーヒーを使っていただくだけじゃなく、その産地を未来につなげる活動にも参加していただいて、本当に僕は感謝しています。
それにホテルでおいしいコーヒーを出していただけるのは、僕自身も嬉しいですよ。僕が「高級イメージなのにとんでもなくまずいコーヒーが出てくるな」と思っていたのが、レストラン、飛行機、ホテルなので(笑)。今僕はJALさんのコーヒーディレクターを務めているのですが、様々な領域で志の高い方たちが「コーヒーを変えていかなきゃ」と思うようになってくださっているのを感じます。
長田:ただ、実はうちのスタッフにその辺りをわかってもらうのが一番難しいなと感じています。例えば最近では、様々な地域でスペシャルティコーヒーが普及されたり、こだわりのバリスタがいらっしゃったりしますが、それはこれまでのコーヒーの延長なんですよね。でも川島さんのコーヒーは、概念自体が違う。それをまずはスタッフが理解しないといけないのだけど、なかなか難しいですね。
川島:結局コーヒーのおいしさを決めるのは、焙煎技術でも淹れ方でもなく豆なんですよ。だから僕は抽出だけではなく、栽培、収穫、輸送、焙煎、保管に至るまで、独自の基準を設けているんですね。
例えば輸送方法ですが、日本のコーヒーはほとんどが温度管理のできないコンテナで船で輸入されています。コンテナ内は航海上で60度近い熱にさらされ、横浜についた時には確実に劣化しています。どんな高級なコーヒーでもこれでは台無しです。
一方でワインは温度管理できるコンテナか、空輸で届けられています。うちのコーヒーもそう。一番低品質のコーヒーでも、全部リーファーコンテナ(温度管理ができるコンテナ)で輸入しています。
長田:本質的な部分へのこだわりがさすがだと感じますね。あるコーヒー屋の店主さんが、「僕らのコーヒーがベンツだとすれば、川島さんのコーヒーはロールスロイスだ」とおっしゃっていました。次元が違う、お手上げだと。
川島:それは嬉しいですね。輸入の部分まで手をつけるのはハードルが高いのですが、僕はコーヒーの価値を上げるためには必要なことだと思っています。
最近は産地や品種にこだわったスペシャルティコーヒー以外に、インフューズドコーヒーや嫌気性発酵など、様々なコーヒーブームが起こっていますが、それを否定するつもりはありません。しかしそれを入り口に、いつかコーヒー本来の味にたどり着いてほしいですね。
長田:これからもぜひ、サステナブルでおいしいコーヒーを飲ませてください。ありがとうございました!
【対談後記】
対談後、ミカフェートさんの「グランクリュカフェ」をホットとアイス、両方で飲ませていただきました。一口飲んでびっくり! フルーティーで爽やかな甘さが口の中に広がり、華やかな香りが後に残ります。コーヒーと言えば苦いものという思い込みを覆される、衝撃的な体験でした。
過去に若い女性のお客様が、お仕事を頑張った自分へのご褒美にグランクリュカフェを購入されたのだとか。おいしいコーヒーを味わう優雅な時間は、彼女にとって何より価値のあるものだったに違いありません。コーヒーがそのような存在になるよう努力を続けてこられた川島さんのエネルギー、そして至高のコーヒーの味わいに、こちらまで元気をいただいた時間でした。
執筆:土門蘭
写真:岡安いつ美