オーナーの長田一郎が、SETREと関わりの深い方々と1つのテーマについて語り合う「SETREの未来」。第6回目のお相手は、建築家の芦澤竜一さんです。

建築と環境の関わりに重きを置き、サステナブルな建築設計を幅広く手がける芦澤さん。セトレでは、ホテル セトレ神戸・舞子を皮切りに、セトレ ハイランドヴィラ姫路、セトレ マリーナびわ湖、セトレ ならまちの建築を担当されました。

芦澤さんの考える「ホテルの建築」とは?今回はそんなテーマで、オーナーの長田とともに語っていただきました。

芦澤竜一
1971年神奈川県生まれ。1994年早稲田大学理工学部建築学科卒業後、安藤忠雄建築研究所を経て、2001年芦澤竜一建築設計事務所設立。現在滋賀県立大学教授。設計活動と様々なリサーチをリンクさせながら国内外で様々なプロジェクトを進めている。

建築とは自然や地球に対する「人間の知性」

長田:芦澤さんと出会ったのは、20年くらい前ですよね。ちょうど独立されて、大阪で事務所を構えられたくらいの時だったんじゃないでしょうか。ある案件で不動産屋さんに紹介していただいて、その後、最初のセトレを舞子で立ち上げる時に芦澤さんにお声がけしたんです。それを皮切りに、長崎以外のセトレの建築はすべて芦澤さんにお願いしています。

芦澤:そうでしたね。最初はお互いまだ30代でした。

長田:僕はそれまでにもいくつか店舗などを立ち上げたことがあったのですが、ホテルを作るのは初めてで、建築家の方とご一緒するのも芦澤さんが初めてだったんですよ。いろいろと議論を重ねましたよね。

芦澤:特にセトレを始める時には、「どんなホテルにするべきか」とたくさん話し合いましたね。基本的には、僕が割と暴走して、長田さんがコンサバティブにブレーキをかけることが多いのですが(笑)。だけど根っこでは長田さんも非常に熱い思いを持っていらっしゃることは、当時から十分伝わっていました。

長田:実は、セトレ以前にも何度かお店のインテリアをデザイナーさんにお願いしたことがあったのですが、「どうもつまらないものができてしまうな」とずっと感じていたんです。最初は「すごくいいものだ!」と思っていても、できあがったものを見るとシャバシャバな感じがするというか。単に流行を追ったものになっているから、数年経つと古びて見えてしまう。毎回その繰り返しだったんですね。

それがなぜか考えてみたところ、自分の引き出しからしか引き出せてないからだとわかったんです。みんな、そんな僕の言うことに合わせてくれるデザイナーさんばかりだったんですね。

だけど芦澤さんは、こっちの言うことをあまり聞いてくれないんですよ(笑)。僕からすると自分の引き出しにはない奇抜な提案ばかりしてくださるので、こっちも文句を言うんですが、それに対してちゃんと意図を説明してくださるんです。その関係性が妙に心地よかったんですよね。

芦澤:よく酔っ払って喧嘩しましたよね。翌朝にはお互いなんで揉めていたのかわからなくなっていましたけど(笑)。

初めて芦澤さんとタッグを組んだ、セトレ神戸・舞子。全室オーシャンビューが楽しめ、自然と一体になったチャペルではまるで新郎新婦が海に浮いているように見える。

長田:舞子のセトレはリノベーションの物件で、客室も1から建築されたわけではないのですが、20年ほど経った今でも古びていないんですよ。そりゃあ経年による古さはあるけれど、意匠の印象はまったく古くならない。なぜかというと、芦澤さんがアートとデザインの間にいる方だからではないかと思うんです。

芦澤さんは、商業を扱う建築家としてデザインの領域にいらっしゃいつつも、問題提起型のアートの領域にもいらっしゃる。そういう発想なので、作られるものが流行的でなく本質的なんですね。在り方を語る建築、コンセプトが継承されていく建築……だから古びないんだろうなと。一方で、現場の運営の人は大変ですけどね(笑)。

芦澤:運用とか運営のしやすさだけを求めていると、こういう建築はできないですね。クライアントによく申し上げているのは、今は社会や自然や環境に対して「自分たちは何ができるか」と問われている時代なんだということです。建築って、その思想がすごく表れるものなんですよ。

長田:芦澤さんが建築において大切にされていることは、そういうことですよね。

芦澤:僕は、建築とは自然や地球に対する「人間の知性」から生まれてくるものと考えているんです。建築を通して、自然と人間の関係を新しく作っていきたい。何かと問題の多い社会ですから、建築を通して一つでも課題を解決できたらというのはいつも考えていますね。

自然と人間の関係を、もう一度繋ぎ直したい

長田:今日の対談場所はセトレ マリーナびわ湖のチャペルですが、こちらの建築のテーマとなっていたのもそうでしたね。

芦澤:構想のきっかけは、1970年代の琵琶湖周辺の様子を写した写真だったんです。ここら辺はもともと全部、葦(ヨシ)原だったんですよ。でもその後どんどん開発されて、琵琶湖らしい風景がなくなってしまった。「ホテルを建築することでその風景を再生できないだろうか」というのは一つのポイントでした

もう一つは、琵琶湖の光と風ですね。この辺は水面との温度差で風が結構流れてくるんです。だけど、周辺のホテルって大体窓が閉め切られていますよね。そこで、ここをもっと琵琶湖の風を感じる空間にできないかと考えて設計しました。

このチャペルでは、窓を開けて風が入ってくると音が鳴るように設計しています。まあ、音が鳴るにはかなり強い風が必要なので、なかなか聞けないんですけど……。神に呼ばれている人は聞けるはずです(笑)。

長田:実は僕はまだ聞いたことがないんですが(笑)。客室にも、ドアの他にもう一つ、格子状のドアがついていますよね。それだけ閉めると、廊下側の窓から琵琶湖の風が部屋の中に流れ込むようになっています。

芦澤:あとは、建築も環境の一部となるよう、屋上に緑化空間をつくり、建物の外皮にも自然が宿る場所を設けました。それは内部空間の断熱としても機能しています。ホテルの周囲にも2つの内湖をつくってビオトープ環境の計画を進めたり、葦原を再現しようと取り組んでいます。葦原が揺れた時に聞こえる音を、波の音とともにこの空間で味わってほしいですね。

長田:本当に、自然を五感で感じ取れるような建築ですよね。

芦澤:昔の日本人は、自然を知覚する能力がすごく高かったんですよ。花の香りや鳥の囀りで季節を知るなど、そういうものを愛でた人種でした。しかし、戦後あらゆるなものが欧米化・合理化されていき、日本人の感性は鈍くなり、自然との関係がうまくつくれなくなってきている気がします。それをもう一度繋げるということが、建築にはできるのではないかと思っています。

ホテルを作る上で最も大切なのは「思想」

長田:芦澤さんがそういった考え方をお持ちになったのは、いつ頃なんでしょうか。

芦澤:独立して時間が経つうちに、それまで自分が行ってきたモダンを追求するデザインに違和感を覚え始めたんです。一般的にモダン型デザインというのは、田舎でも都市でも同じスタイルで建築をつくる考え方なんですが、それってなんかおかしいなと。

僕がつくりたいのはもっと民家に近い、場所や環境などその土地の個性が表れ、場所場所で変わる建築だと思いました。様々なトライアルをしましたが、ここまで大掛かりにできたのはセトレが初めてです。

長田:芦澤さんの建築は、ぱっと見、奇を衒っているように見えるかもしれないけれど、必ずそこにちゃんと意味があるんですね。びっくりさせるとかインパクトがどうのとかではなく、すべて理にかなったデザインなんです。その場所の歴史、背景、文脈をしっかりと表現されている。その考え方が結果的に評価されています。

それに対して、商業者の立場で「ここはこうしてほしい」とかどうでもいいことを言ってはいけないな、と思うようになりました。芦澤さんの建築には意味があるから、意味には意味で対話をしていかないといけない。そもそも意味がないことを僕が言ったら、芦澤さんは絶対聞かないですからね。「それは違うんじゃないですか」とも言わず無視される(笑)。

芦澤:聞いていますよ。口下手なだけです(笑)。

長田:そんな芦澤さんと一緒にホテルをつくる中で学んだことは「思想が大事だ」ということですね。運営者からするとどうしても使い勝手とか流行とかお客様からどう見えるかなど、いろんなものに迎合する思考になってしまうのですが、それをやっているといつまでたってもいたちごっこみたいな商売しかできません。自分たちの思想、軸をしっかり立てていかなくてはいけない。建築はその思想を表す大きなコンテンツの一つなんだと実感できました。

『SETRE』の由来は「リセット」と「瀬戸内海の再生」

長田:そもそも「ホテル」という観点から見ると、セトレがある場所ってどこも適地じゃないんですよ。観光地でも行楽地でもリゾート地でもなく、ただ寝床を用意していたら人が来てくれるような場所ではないので、ここならではのコンセプトや意図がないと機能しない。それが思想なのではないかと考えていました。

芦澤:セトレ舞子をつくるときに、まずは名前について議論しましたよね。長田さんは「リセット」という言葉、僕は「瀬戸内海(SETO)の再生(RE)」。それで「セトレ」と名付けました。

長田:僕なりの答えとしては「心と体をリセットする場所」だと思ったんです。例えば、スーパー銭湯に来るお客さんって近所の方が多いですよね。みんなうちにお風呂があるはずなのにそこに行くのは、「体を清潔にする」以外の理由があるはずなんです。

うちのホテルも同じで、泊まる理由のない人の理由をどう作るかと考えたときに、ここでの過ごし方、時間、世界観を味わってもらうこと、ここ自体を目的地にしてもらうことだと思いました。例えば少し疲れたときに、有給を取ってフラッと泊まりにきてもらう。ここで、心と体をリセットしてもらう。そんな場所にできたらいいなと。

芦澤:ここが「非日常」であるべきなのか、についての議論もしましたね。「非日常ではなく、日常の延長のような、第二の自分の居場所にできないか」と。

長田:そうそう。「非日常」じゃなくて「異日常」だと話しましたね。そもそもここは非日常感のある観光地でもないですし、非日常って疲れるから年に1,2回でいいじゃないですか。

でも「異日常」なら1か月に1回は来たくなるかもしれない。そこから発想して、時間、空間、価格設定を決めていきました。食材などにもこだわって、ここでしか感じられない地域性を出していこうと腐心もしましたね。それらをホテルとしていかに体現できるかが課題でした。

芦澤:長田さんは、食や人、サービスなど、いろんなコンテンツで地域資源を活かして場所を盛り上げていくことをしようとされていますよね。僕が目指しているのもそれに近くて、建築を通してしたいことは「場所の再生」なんですよ

基本的に、バンっと新しくホテルを作るという感覚はなくて、その場所が持っていた文脈や歴史を読み解いて、ホテルとして再生していきたいと考えている。そのコンセプトは、携わったセトレすべてに一貫していることだし、長田さんの考えと共通するところだと思いますね。

つくった後も育てていく「経年美化」

長田:ここもできてから10年ほど経つのですが、今もほぼ満室になっているくらい人気なんです。それはありがたいのですが、正直、どうして人がここに来るかよくわかっていないんですよね。一体何が理由なんだろうなぁと。よくわかるようにならないとダメなのかもしれないけど、わかった瞬間におもしろくなくなってしまいそうな気もしているんですよね

芦澤:それは建築がいいからですよ(笑)。

長田:もちろんです(笑)。建築がいいのもあるし、食事がおいしいのもあるし、一つに括れないとは思うのですが。

よくホテル業界周辺の方に言われるのは、「セトレはホテルらしくない」ってことなんです。例えばうちは火曜日を休館にしているんですよね。その方が合理的だし、みんな一緒に休めるからなんですけど、それってホテルとしてはかなり珍しいことなんですよ。また、チリひとつないくらい掃除を徹底しているわけでもないし、サービスが卓越しているわけでもない。若い人が多いからちょっと抜けているところもある。そういうのって、五つ星のホテルを目指している人にとっては許せないことだと思うんです。

でもそれに対して「うちはこうですから」と開き直る覚悟が必要だなと思います。たしかにチリや埃はない方がいいけれど、うちはそこであまり評価されたくないな、と。別のところで評価されたいし、実際にされているように感じる。でもそれが何なのか、一言では言い表せないなと考えているんです。

芦澤:(スタッフの皆さんに向かいながら)スタッフの皆さんは、それについてはどう思われているんですか?

スタッフ:難しいですね……ただ私たちのモチベーションとしては、セトレが好きでここで働くことを楽しんでいる、というのは大きいと思います。スキルやお金、星の数などではなく、セトレが大事にしている「人と人の繋がり」を、自分たちの好きなこの空間・景色の中で実現していくこと。それがやりがいであり、私たちスタッフ一人ひとりの心を満たしているんじゃないかと思います。そこに向かって、必死に取り組んでいるという感じですね。 

長田:逆に、難しいことにチャレンジしているような気がするんですけどね。以前「火曜日に休むなんてホテルじゃない」って言われて、「じゃあホテルじゃなくて結構です」ってつい答えてしまったことがあったんです。でもその時、「自分たちの思想や考え方さえしっかりしていれば、ホテルじゃなくても別にいいや」って思ったんですよね。まあ、そっちの方がハードルが高い気がするのですが。

芦澤:そういう意味では、建築もセトレ自体も、つくったら終わりではないんですよね。手を入れて、思想を育てていくことがすごく大切。それとともに、セトレを取り巻く風景も育てていっていただけたらなと思います。僕も全力でサポートさせていただきますので。

長田:まさに「経年美化」ですね。年を経るごとに美しくあれるように、これからも頑張ります。

取材・文:土門蘭
撮影:岡安いつ美

\対談の舞台となった場所/

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