滋賀/井入農園/井入吉信さん

琵琶湖の南岸に位置する滋賀県守山市。ここで、日本古来の和ハーブ※の栽培に力を入れているのが井入農園の井入吉信さんです。セトレ マリーナびわ湖では、井入さんが育てた無農薬の和ハーブやマイクロリーフをレストランの料理で提供するほか、和ハーブに関するイベントなども開催してきました。新しい品種の栽培に果敢に挑戦する井入さんを訪ねて、農園を訪れました。
※和ハーブ:日本で古来(江戸時代以前)から有用されてきた植物の総称

ビニールハウスの中は多様な植物が生い茂る実験室

井入さんに案内され、ビニールハウスに足を踏み入れてみると、指先ほどの小粒の苗から見たことのない熱帯の植物、色鮮やかな花々まで、実に多種多様な植物が並んでいます。井入農園がこれまで育ててきた栽培品種は実に2,000種類。まるで実験室のようです。   

「このアマランサスというマイクロリーフは、ハーブでもあって葉が若いうちに摘み取ります。これはレッドソレル。茎が赤くて料理にも映えます。緑色と赤色で綺麗でしょう?ミニバジルはビタミンや鉄分が高いですね。」
井入さんに手渡されたミニバジルを試食してみると、小さいのに意外にもしっかりしたバジルの風味が口に広がります。意外なことに、小さい分凝縮されて栄養や効能は高くなるのだそう。

「マイクロリーフはこの時期、ほとんどが1週間から10日間という短期間で収穫します。大きすぎても小さすぎてもだめですし、そのサイクルに合わせてタイミングを図るのが難しい。ハウスの中が常に一定の温度になるように調整もしています」

さらに井入さんが力を入れているのが、和ハーブ。和ハーブとは、在来種か江戸時代以前により日本に自生し使われてきた有用植物のこと。長命草やよもぎ、月桃など、日本原産のハーブにこだわって無農薬栽培しています。見た目と香り、味わいが貴重なのだそう。
和ハーブは、日本の気候や風土に合って、引き継がれてきた植物です。昔の人たちは煎じたり料理に入れたりして、長い間人の役に立ってきました。栄養や効能もあるし、身体にも美容にも効きますから、和ハーブが一番人に受け入れやすいと思うんです」

和ハーブ協会認定 和ハーブインストラクターでもある井入さんは、勉強会をきっかけにハーブの魅力に出会い、昨年から栽培をはじめました。
マイクロリーフや和ハーブ、さらにはエディブルフラワーなど、井入さんが独学で始めた品種は数多く驚かされます。上手く育つ植物もあれば、失敗することも。それでもトライし続ける井入さんの情熱は、一体どこからくるのでしょうか。

知らないことを強みに。恐れがないから、いくらでもチャレンジできる。

井入さんは、もともとエンジニアとして京都で働いており、ご両親がこの土地で花や野菜の苗づくりや、トマト、きゅうり、ほうれん草などの野菜を生産・販売していました。

「父の体調不良をきっかけに家業の先行きを考えたときに、設備も古くなっているけど、手放すのももったいない。思いきって仕事を辞めて継ごうかなと思ったんです。でも色々考えはじめたら諦めてしまうので、独学で学校も入らず5年前に就農しました。いやあ、はじめてみたらしんどいですわ!やめといたらよかった。もっとのんびりでいると思っていましたよ」。

そう言いながらも、井入さんの表情は生き生きそのもの。毎朝、夏は4時、今の時期は5時から働きはじめ、お客さまに頼まれなくても、必ず朝取れ野菜を卸すことがこだわりだといいます。そして次々に新たな品種の栽培に挑戦してきました。

「農業を知らないから、まずはやってみようと手を出せるんです。誰か喜んでくれる人がいればそれでいい。だから休みなんてないですよ。うちの親も、和ハーブなんて何しとんねんて思って見ていたと思うけど、取引先や地元の人に講演したら関心を持ってくれて、手応えを感じて。やっぱりええねんなと。勉強したら効率や採算を考えて、新しいことに手を出すことに怖気付いてしまう。だから、まずはやってみて感触を確かめてみようと。面白いですよ。まだまだ他にもできるんちゃうかなと思いますね」。

失敗も苦労もある。でもそこに面白さを見出す井入りさん。金髪にスニーカーという、あまりに農家らしく見えない風貌にも、理由がありました。
「田舎くさい農家は嫌だなと思って。若い子にも見てほしいんですよ。こんな長靴履かない農家もいるんだって」。

育てるだけでは終わらせない。さらに、その先へ。

栽培している植物は、マイクロリーフの1週間〜10日間で栽培する短期間の植物から、3年後に実をつけるような果樹まで、時間軸もさまざまです。
「この植物はまだ育てているところ。芽が出なくて諦めようと思った頃に、やっと出たんですよ」

さらに、種を採取して種から育てることや苗づくりにこだわっています。

「種を採取するのは難しいですが、種から育てることにこだわっています。この辺りの水は鉄分とミネラルが豊富で、植物はそのおかげで根もしっかり張ってくれるんです。苗作りは種から収穫までの期間のうち、半分の工程と言われるほど大事。できあがる品質の半分が決まるとも言われます。そこを安心して送り出せることが、苗農家の使命だと思うんです。1日でも長く花を咲かせるような苗づくりをしたいと思っています」

オーダーのきた植物を育てる傍ら、自ら育てた品種をお客さまに売り込むことも欠かしません。シェフやお客さまが農園に来れば案内し、積極的に提案していく。井入さんの熱意が周囲を動かしていることが伝わってきます。植物にまつわる新たな商品開発も進めているようです。

「この鉢植えは、滋賀県内にある廃プラスチックを取り扱う企業と開発しています。廃プラを素材に使っているんですけど、真夏でも通気性が良くて植物もよく育ったんです。こうやって植物を壁に掛けることもできてオシャレでしょう?これから商品として売っていきたいんです」

気づけばスタッフに試作品をプレゼンし、和ハーブや植物を案内していく井入さん。

井入さんが挑戦を続けられるモチベーション、喜びはどこにあるのでしょうか。
「喜びといえば、それはやっぱり買ってくれたお客さんが、『めっちゃよかった』『ここの苗しか買わへん』『あんたのとこの苗使ったら、いいのできたわ』など言ってくれる時ですよね。和ハーブは、いつか輸出して海外にも届けていきたいと思っています。日本の風土で育てたハーブは、絶対海外の方にも受け入れてもらいやすいですから」