自疑雫塩 末澤輝之さん

セトレ舞子の目の前に広がる瀬戸内海。頭上にはダイナミックな明石海峡が架かります。この大きな吊り橋の先は、国生みの島・淡路島。セトレ舞子で提供する料理に欠かせない塩は、この淡路島で作られています。「原料 海水のみ」。海の恵みそのままの塩を極める職人、末澤輝之さんの工房を訪れました。

海と太陽と風と。自然の変化とともに作られる塩。

神戸から車で約90分。東京からも新神戸駅や神戸空港を経由して、離島のなかでも比較的アクセスしやすい淡路島は、年中暖かな気候の自然豊かな島です。

取材当日、末澤さんは炭が所々についたジーンズとパーカーで満面の笑みで迎え入れてくれました。案内された塩づくりの現場は、遠くに小豆島をのぞむ見渡す限りの海。琥珀色、瑠璃色、白色、めのう色、斑紋など5色の玉砂利が由来となった五色浜の海水が、末澤さんの塩の原料です。

末澤さんが手がける「自疑雫塩(おのころしずくしお)」。一風変わったネーミングは、日本最古の書記「古事記」に登場するイザナギ・イザナミが、大地をかき混ぜ滴り落ちた雫が作った初めての島「おのころ島」となったという神話があり、淡路島の絵島が伝承地の一つとされることが基になっています。

「塩づくりは、海水をホースで汲み上げることから始まります。なるべく海が澄みやすい満潮の時がよいです。雨や風の日は海が濁るので、海が綺麗な時に汲み上げます」

汲み上げた海水は、微粒子のマイクロプラスチック(海中の劣化した使用済みプラスチック)などを省くために細かいフィルターでろ過し安全を確保します。

「次に、太陽と風の力で海水を乾かします。洗濯物を乾かすのと同じ原理です。海水を広げ熱と風で蒸発させて水だけを抜き、1〜2週間かけて乾かすと3倍ほどの濃度になります」

見上げるほど高く組み立てられた流下盤は圧巻。水分を飛ばすために細かく広げ、自然の力を頼りに行われる原始的な工程は、夏よりも風の多い冬の方が適しているそう。「あと1ヶ月したら風が変わりますよ」と末澤さん。

3日間40時間、鉄釜の海水を薪で炊き続ける

続いて、海水を煮詰める釜小屋へ。窯場は湯気が立ち昇り、相方の岡田さんが釜炊きの作業を行なっていました。

「ここで12時間丸3日間、約40時間海水を薪で焚き続けます。炊き続けると、一定の濃度になって結晶化した塩が浮いてきます。煮詰めた分にがりが出るので、どこまで行うかが塩づくりの技の違い。うちはえぐみを極力なくします」

日本古来の鉄釜は、熱伝導率が高く温度が安定するため塩がまろやかに、薪で炊くことで旨味が増します。釜焚きした塩を保調効果の高い杉樽に移して、常温になるまで1日ほどじっくり寝かせます。最後に脱水機でにがりを抜き、検品して完成です。

海水を汲み上げてから塩が出来上がるまで約3〜4週間。3日間炊き続けて、できあがるのは塩100キロほど。

気の遠くなるような作業を経て、できあがった真っ白な結晶の塩は、ざらりとした舌触りで塩の辛さのなかに、ほのかな甘みと苦味、まろやかさが広がります。末澤さんの塩は、素材そのままの味を引き立たせます。シンプルな塩むすびも美味しく、塩でお酒が飲めてしまうとも言われるほどです。

「ありがとう」と言ってもらうために。良いものをつくり続ける。

末澤さんは、会社名「株式会社脱サラファクトリー」の通り以前はサラリーマンでした。神戸出身で昔から食に興味があり飲食業界に就職後、飲店舗の事業開発に携わり約10年。ゆくゆく独立して店舗を構えたいと準備をするなか、食の提供から作ることに興味が湧きます。そして、人間に必要なのは水と塩だと、塩づくりを学び「ちゃんと海の成分の入った塩を作ってみたい」と塩の道へ。

「自分が生まれ育った近くで塩づくりをしたいなと、はじめは神戸周辺の海岸沿いで探しましたが、なかなか観光地や工業地帯などで難しくて。淡路島のこの場所に出会うまで、半年ほどかかりました。偶然道をあるいているおばあさんに声をかけたら、この土地の地主さんだったんです」

塩を作る上で末澤さんが立地で重要視したのは、海の綺麗さだけでなく、森や川との関係性。海の成分が蒸発して雲になり、やがて雨雲が山に雨をもたらして川に流れてまた海に戻る。この循環です。

「塩づくりにとって大事なことは、どんな塩を作りたいかで変わります。私が作りたいのは『一番人にとってよい状態の塩』。それには循環した環境が重要で、海と山と川との循環があるからこそ、栄養分のある海になります。ここは自分が塩づくりをしたい状態に適していました」

野菜と同じように、塩も天候などにより毎日違う塩ができます。条件を合わせて理想の塩に近づけて、自然の恵みをどういただくかに面白みがある言う末澤さん。この土地で塩づくりに向き合い続けて丸8年。一方で、日々食べて購入するような野菜や米と比べると、塩の買う頻度は限られます。

「塩は、気に入っていただいても次買ってもらうまでにすごく時間がかかります。はじめの3年くらいは本当に苦労しました。でもおかげさまで、だんだん買ってもらえるようになって。美味しさはもちろんですが『この人は信用できるから食べよう』という生産者とお客さまとの信頼が大事。だからこそ、私はいい塩を作りたい。日本に流通しているだけでも4000種類といわれている塩の中でうちの塩を使ってくれるなんて、感謝しかないです」

自疑雫塩のパッケージには、塩づくりへのこだわりとともにお客様へまっすぐに届けたいという末澤さんの想いがぎっしり書かれています。

「社会の無理や矛盾は悪いことではないけれど、人の笑顔や感情よりもどうしても数字を気にしてしまわざるを得ない。でも働いている自分が嬉しいかというとそうではなくて。やっぱり顔を見て『ありがとう』と言ってもらえる関係や、本当によいものと思って食べてもらった結果、返ってくる言葉が『ありがとう』だったらいい。それがビジネスというより生きる技、生業として成り立つのならすごくいいなと。それを実現していきたい。最終的には、良心に従って仕事をするしかない。喜んでくれるために良いものを作り続ける。私はそうでありたいんです」

ノイズのないこの島で 。大昔の古代の海を再現した塩をめざして。

塩づくりのために末澤さんが導かれた淡路島。長年この自然豊かな地に身を置くことで感じるこの島の魅力をこう語ります。

「ここには海と山があって、ほかのノイズがないのが一番いいです。都会にはいろんな情報があって、自然に勝っているような気もするけれど、淡路島にいると波が高い時の海を見れば『こんな自然に勝てるわけがない』と感じます。諦めるというか、適当に在ること、適度に当たる、ということの大事さを教えてくれる。引き算なんですよね。私は、ただ家族と従業員を大事にできたらそれでいい。それを実現するには、この島はよいところだと思います」

この土地で、毎日行われる地道な塩づくり。チェーンソーで薪を切る過酷な作業などは「ひたすらしんどいって思いますよ」と笑う末澤さん。しんどいとか綺麗だなとか、目の前のことしか考えない。真摯にただ無心になって、塩と向き合っていく。

「塩づくりは一生続けていきたいです。ちゃんとお客さまに喜ばれるものを作っていきたい。顔の見える範囲で生業として続けて、みんなが幸せになるような環境を作っていきたいですね」

最後に、末澤さんが追求する夢を語ってくれました。

「人が美味しいと感じる塩分濃度は、100グラムに対して0.8%と言われています。これは、人間の血中濃度と一緒で、お母さんの羊水や古代の海の濃度も同じなんです。35億年前の大昔の海と現代の海では、成分や性質も変化しています。究極的に、私が作りたいのは大昔の古代の海を再現した塩づくり。それが私のテーマでもあります」

「そうして追求しているのがうちの塩なんです」と誇らしげに、真っ青な海を背に語る末澤さん。

正直に、まっすぐな、海の恵みで作られた塩。海と山と川が循環するこの土地だからこそ生まれる「自疑雫塩」。塩を届ける人々の幸せを願いながら、末澤さんの挑戦は続きます。