オーナーの長田一郎が、SETREと関わりの深い方々と1つのテーマについて語り合う「SETREの未来」。第2回目のお相手は、SETREの母体であるホロニック社の第1期CFO・八木くるみさんと池内風佳さんです。

CFOとは「チーフ・フューチャー・オーガナイザー」の略で、ホロニックの「未来創造最高責任者」のこと。自分たちが理想とする社会や組織を創造し、経営ボードへの具申・提言を行っていくことを役割として、第1期は八木さんと池内さんを含めた3名の二十歳以下の若者が活躍しました。

この1年で得たものや反省点、改めて目指したい未来について、改めて語り合います。
八木 くるみ(やぎ・くるみ)写真右
2003年生まれ、滋賀出身の21歳。同志社大学経済学部4回生。現在は結婚式会場でアルバイトをしており、来年にはIT業界に就職が決まっている。ホロニック社の第1期CFO。SDGs担当。
池内 風佳(いけうち・ふうか)写真左
2002年生まれ、大阪出身の20歳。同志社大学グローバル・コミュニケーション学部3回生。2回生の時にカナダに交換留学を経験。現在はホテル業界でアルバイト中。ホロニック社の第1期CFO。

会社の理屈にとらわれない若者に「未来」を教わる

長田:我が社に二十歳以下のCFOを迎えようと考えたのは、混沌とした現代において若い方々の提言が必要だと感じたからです。経営する中で「未来」を考える際、どうしても商売や事業といった会社の理屈を前提にしてしまう傾向があります。だけど「未来」のあるべき姿って、事業の延長にあるものではないはず

これまで以上に予測困難な時代において、ああだこうだと自分たちだけで考えていてもダメだな、と思っていました。だから、そういった「会社の理屈」に忖度しない若者に、理想的な未来や社会を教えてもらおうと思ったんです。これからの未来を当事者として迎える若者に、「こんな社会ならいてもいいかな」と思える2、30年後とはどんなものかを聞いてみたかった。

そこで思い描かれる「未来」は、今後高齢者となる僕が思い描くものとはまったく違うだろうし、そっちの方が正しいのではないかと考えたんです。そうして第1期のCFOに、八木さんと池内さんを含めた3名に就任してもらったわけですが、改めて二人がCFOに興味を持った理由を教えてもらえますか?八木:私は高校生の時から「何かを企画する人間になりたい」と思っていました。だけど、その「何か」がずっと見つかっていなかったんです。そんな時にCFOを知って「私が企画したいのは『未来』なんだ!」と気づきました。私たち学生が「こんな未来にしたい」と言っているだけだと独りよがりになるけれど、そこにホロニックさんが目指す体験価値の向上を掛け合わせれば、より良い「未来」を企画できるのではないか。そう思って応募を決めました。

池内:私もずっと漠然と「クリエイティブなことがしたい」「学生時代にしかできないことがしたい」と思っていて、ある企業の食品開発プロジェクトなどに携わっていたんです。そんな時に長田さんのCFOについてのアイデアを知り、「学生一人の力は小さいけれど、ホロニックさんと力を合わせれば何か変化が起こせるのでは」と期待して応募しました。

対人接客以外は、すべてデジタルに?

長田:具体的には、月に一度の役員会の前に集まって、さまざまなテーマに沿って忌憚なく意見を言ってもらいましたね。僕の他に2人取締役がいるのですが、毎回CFOの皆さんから「未来」についての考えを浴びせかけられる感じでした。

提言の中には「ホテルの中からゴミ箱を無くして」というものもありましたよね。それをCFOの人は普通な感じで言うんだけど、「いやいや、そんなの無理だよ」みたいな(笑)。でも無理だと言ったら終わってしまうので、決して「NO」と言わないように決めていました。その代わり、どうしたら実現できるのかを考えたんです。

長田:この提言に対しては「ゴミ箱」ではなく「資源ボックス」と名付けた仕分け箱を作ることで応えました。捨てるとゴミ箱だけど、仕分けると資源になる……そう発想を転換させたんですね。実際に設置してみると、お客様からも共感していただき「なんとなくゴミが捨てられない」というお声をいただきました。そういうところから始めるのも大事だなと感じましたね。八木さんは、デジタル化の話をしてくれましたよね。

八木:はい。私は「対人接客以外はすべてデジタル化する」という提言をしました。お客様の体験価値はもちろん重要ですが、それ以外の見えないところ……例えば掃除なんかは、人でも機械でもお客様には関係がありません。そういった非接触の時間をデジタル化することで、スタッフの心に余裕が生まれて、接客サービスが向上するのではないかと思ったんです。

長田:もともと、「デジタル化」というテーマについては興味があったんですか?

八木:私はずっと「将来、老後やお金のためだけに働くのは嫌だな」と思っていました。今の社会を見ていて「老後に対する過度な不安は、仕事における心の余裕のなさから生まれるものなのでは?」と考えていたんです。それならば、より効率的な仕組みを取り入れることで、働く時間を減らして余裕を生み出せばいい。

そうすれば心にも余裕が生まれて、働き続けることが苦にならず、人生も充実するのではないか……その考えに自分の興味ある分野を組み合わせた結果、「デジタル化の促進」というテーマが浮かび上がりました。それをホロニックさんの事業に落とし込んだのが、「対人接客以外デジタル化」というアイデアでした。

長田:この八木さんのお話は不可逆的で、今後さらに進んでいくことだと思います。特にホテル業界は、お客様の満足度を上げるためにタッチポイントを増やさねばならない一方、慢性的に人手が不足しているので、非対面コミュニケーションがAIに代替されていくはず。むしろそれで満足度が上がるシーンも多くなるでしょう。

だけど現場の人たちはサービス業に対する自負が強いので、デジタル化を進めることに対して抵抗があるんですよね。「非接触はAIで」と言われると自分のアイデンティティが否定されるような気になるので、現場からそんな声は出てきません

だから意思決定のところから決断しないと浸透しないんだと、大きな気づきをもらいました。今回すぐに何かの取り組みに落とし込むことはできませんでしたが、この意見はいつか実現することになるだろうと思いますね。

タンパク質危機に「代替肉」でアプローチを

長田:池内さんは、食について提言をしてくれましたよね。

池内:はい。「海産物の輸入状況を透明性を持ってお客様に伝えるのはどうか」「ハラル認定をとった食品をホテルで出せないか」など、主に食にまつわる提言をしました。というのも、私は大学入学時から国際系の勉強をしていて、CFO任期中にはカナダに語学留学するなど(会議にはオンラインで参加)、海外の動向を見る機会が多かったんです。

その中で、海外ではヴィーガンやベジタリアンなど日々の食を通して社会や環境を変えようとする方が多いのに、日本人は食に関しての関心が低いな、と感じることが多々ありました。世界人口増加とタンパク質不足が喫緊の課題になっている中で、今後は私たち日本人も責任を持って食に向き合うべきではと、もともと問題意識を持っていました。

長田:そんな池内さんの提言を元に「とりあえずやってみよう!」と実現したのが、代替肉のカレーですね。

池内:はい。世界規模のタンパク質危機や温室効果ガスなど、畜産物における課題は多くあるのに、人々は日々の食生活の中で肉を大量消費しています。でもタンパク質は、肉以外からも摂取できる。肉を一切使わないお料理をホテルから発信することが、肉の大量消費に関する人々の考え方を変えるきっかけになるのではと考え、代替肉のカレーを提案しました。

長田:こちらは今、SETRE系列のガーディシティクラブ大阪で、「ベジタブルスパイスカレー」として実際に提供しています。肉の代わりに大豆を使っているのですが、とてもおいしいんですよ。「代替肉で環境に良いから」というより「これ自体がおいしいから」と普通にオーダーされる方が増えています。今後は「代替肉」という呼び方も変わるんじゃないかなと思いますね。

池内:ちなみに、こちらは婚礼でも出されているんですか?

長田:婚礼ではまだですね。婚礼は新郎新婦さんの考えに沿わないといけないので、僕たちの考えだけではなかなか変えられなくて。

八木:でも「地球に優しい」っていうコンセプトの結婚式も増えていますよね。私は今結婚式場で働いているのですが、例えば緑いっぱいの会場で、お肉を一切使わないコース料理を望まれる方もいます。そういった方はこれから増えていくんじゃないでしょうか。

池内:私もホテルで働いているのですが、宴会や婚礼の席でたまに「あの方はベジタリアンだからお肉は出さないで」と言われることがあります。そういう方々が婚礼の場で困らないよう、メニューに入れられるといいのではと思いますね。

長田:確かに……今、この場でもまさに提言がされていますね(笑)。このように僕たちの立場からすると難しいことでも、CFOからは「そんな未来じゃ嫌です」って話してもらっている。その中でたくさんの気づきがあったし、僕たちの中でさまざまなものがブラッシュアップされた気がします。

大事なのは、本質を捉えて目的を見失わないこと

長田:お二人は、CFOの活動を通して得たものはありましたか?

八木:この1年を通して「未来への責任感」が自分の中に培われた気がします。今、さまざまなところでSDGsが取り上げられていますが、「持続可能な社会を実現すること」ではなく「SDGs的な取り組みをすること」自体が目的になってしまっていることが多いように感じます。だけど大事なのは、本質を捉えて目的を見失わないこと。そう意識できるようになったのは大きな変化だと思いますね。

池内:私は「物事を俯瞰して見る力」でしょうか。CFOの活動がなければ私自身日々の生活を客観的に見ることはなかったんじゃないかなと思います。活動を通して、広い視野や客観的な視点を持つことができました。将来の夢もなかった私が、世界の未来を通して「今」を考えるようになった。そんなきっかけを与えてもらったと思っています。

長田:私自身もたくさんのものを得ましたね。毎月提言してもらうたびガツンとぶち込まれる感じで、受け止めるのにすごくパワーが必要でした。だけどそれは心地良い時間でしたし、実際いくつか形にできたのは成果だと思っています。

またCFOの活動と並行して、社内でもSDGs推進委員会が発足したんです。最初はヒヨヒヨしていたけど、八木さんも入ってくれてなんとなく形ができてきた。その活動の中で、もともと我が社にはSDGsの文脈が浸透していたんだという気づきも得ました。無理に新しいことを始めなくても、以前から行っていた地域資源や文化風土への取り組み自体がSDGs

的な活動なのだと自覚できたんです。その答え合わせができて、「僕たちはこれまで世の中の流れに合ったことをしていたんだな」と自信が持てたのも良かったですね。

CFOは「ホロニックのために」なんて考えなくていい

長田:逆に、これはうまくいかなったな、ということはありますか?

八木:ホロニックさんの事業を前提として提言してしまうことがあったことでしょうか。未来に軸足を置いておかないといけないのに……。

長田:うちに合わせてくれてたってことですね。特に八木さんは、就活やインターンで企業に所属することに慣れていたからね。でもCFOは「ホロニックのために」なんて考えなくていいんですよ。自分の「未来」を主語にして、課題や提案をしてもらえたらそれでいい。

八木:その意識が足りなかったのは反省点です。あとは、社内の皆さんにCFOの活動や取り組みの意義がまだ浸透しきっていないなという感覚がありました。社内で浸透しなければ社外になんて絶対伝わらないので、ここはどうにかできたらと。

池内:1年間でできることって限度がありますもんね。そもそも社会問題ってすごく大きなものなので、解決するまで何十年もかかります。私たちは1年間の任期で活動していたので、社会問題を根本から解決する提言をしても最後まで見届けられないという懸念点はありました。

長田:なるほど。それらは失敗というより、これから時間をかけていくべきことですね。ただ、まだ社内全体には浸透はしていないとしても、僕も含めた役員たちはすごく意識が変わったんですよ。「魚は頭から腐る」と言うから、まずはその「頭」の意識を変えられたのは大きな成果だと思います

学生がうちに所属する場合、以前はアルバイトやインターンという立場だったので、彼らから意見を吸い上げることが困難でした。だけど今はCFOという立場を設け、組織図では取締会にくっつけた形になっている。新卒スタッフよりも年下なのに、有無を言わせず上流に位置しているんですね。年齢やキャリアではなく、「未来」の当事者が会社の最上流にいるというのはすごくいいなと思う。この形が作れたのも成果だと思いますね。

当事者の思い描く「未来」は確かなもの

長田:1年が経って改めてCFOとは何かと考えると、会社の「羅針盤」的存在だと感じています。僕たちも本を読んだり話を聞いたりして、なんとなく未来を予想してみたりはするけれど、実際に「未来」を担う人の話はとてもリアル。先の見えない時代でも、当事者にとっての「これからの未来はこうなってほしい」という声だけは、きっと確かなものだと思うんです。

八木:深く考えなくても、「どう生きたいか」っていうのはみんなあると思うんですよね。もともと私は「楽しみながら働きたい」「日常生活も充実させながら働きたい」と思っていました。「ワークライフバランス」なんて言葉が必要なくなるほど、ワークもライフも楽しくしたい。そのために社会や会社を変えたい。そんなふうにポンと出る願望が、実は「未来」につながっているのではないでしょうか。

池内:社会のことを真剣に考えるのって、難しいですよね。マズローの欲求五段階説でも、五段階のさらに次に「社会を良くしたい」という欲求が来ると言われているくらいですから。

そこに行くにはまず自分の欲求を叶えないといけないのですが、私の欲求も「働くを楽しくしたい」というものなんです。仕事を与えられるのではなく、自ら作っていけるようにしたい。すべての人が仕事にワクワクできるような社会にできたらいいなと思っています。

長田:今は「ワークライフバランス」ならぬ「ワークライフブレンド」という言葉もありますが、ワークとライフを分けない考え方はお二人の世代では普通になってきているのでしょうね。そういう感覚を理解しないことには、「未来」について考えることはできないだろうなと感じます。

 

取材・文:土門蘭
撮影:岡安いつ美