植村牧場/ 黒瀬 礼子さん

奈良市内を車で走っていると、住宅地に突如現れる「植村牧場」さん。4代目の黒瀬礼子さんの曽祖父が、明治時代に創業した牧場で130年以上の歴史を誇ります。酪農だけではなく、牛乳の宅配販売や、牧場内に売店やレストランなども構える老舗の牛乳屋さんです。セトレならまちでは、植村牧場さんの新鮮な牛乳でロイヤルミルクティーをご提供しています。お客様からも評判の植村さんの牛乳。昔と変わらない方法で牧場を守り続ける黒瀬さんを訪ね、家族とともに続けてこられた酪農のお話を伺いました。

はじまりは、
ご近所さんへのおすそ分け。

明治16年頃にはじまった植村牧場では、35頭ほどのホルスタインを飼育されています。毎日、1000本以上の牛乳を奈良市の一般家庭やレストランに届けてこられました。牧場の向かいには般若寺があり、東大寺や県庁もすぐそばの観光エリア。牧場の周りには住宅が立ち並んでいます。

笑顔で迎えてくれたのは4代目の黒瀬礼子さん。「この牛舎はね、去年改築したばかりなんですよ。2018年にあった相次ぐ台風や地震でひどく傷んでしまって。大事に受け継いできた牛舎だったから、これまで守ってきた明治の雰囲気を残したくって。無理を言って宮大工さんにお願いして、木造で手を加えました」。

木造造りでやさしい雰囲気の牛舎、牛たちもどこかリラックスしていて、のんびりととても居心地が良さそうです。

「ここは私の曽祖父がはじめた牧場なんです。当時身体が弱かった曽祖父は医者から牛乳を飲むことをすすめられたみたいで。乳牛を飼うようになって、ひとりではとても飲みきれないからとご近所さんに配ったのがはじまりでした。ありがたいことに少しずつお配りする範囲が広がっていって、私の祖父、父は獣医としてこの牧場を受け継ぎ130年を超える酪農家となりました」。

たっぷり太陽を浴びた元気な牛の牛乳を、
なるべくそのままをお届けしていく。

牛舎で牛たちが過ごした場所にはおがくずがまんべんなく拡げられていました。牛たちの糞尿を垂れ流さないようにするためです。このおがくずは定期的に集められて、牧場のハウスで天日干しした後、奈良の農家さんたちの畑に堆肥として届けられます。

「牛たちの堆肥で育ったお野菜クズをここに持ってきてもらっているんです。長くなっちゃった大根とか葉っぱとか。牛たちもその時々、季節によって食べるものが変わるので、しぼった牛乳も時期によって味が変化するんですよ」と、黒瀬さん。

植村牧場の牛乳は低温殺菌。75度で15分ほど温めて殺菌して、瓶詰めされています。

「パックの牛乳が流行ったとき、私たちも変えようかなんて話があったんです。でも祖父がね『牛乳は中身が見えんかったらあかんやろ。瓶で飲むもんや』って笑。だからうちは今も瓶詰めの牛乳です。祖父は天気のいい日は牛たちに太陽をたくさん浴びさせてやろうって言ってました。運動をたくさんして、たっぷり太陽をあびて健康な身体をつくってやる。そんな牛から出てくるお乳は十分素晴らしいって。だから今でも、お天気のいい日は運動場に牛たちを出してやって元気な牛を育てるようにって続けています。元気な牛たちが絞らせてくれた牛乳は、なるべくそのままさわらない。祖父や父が大切にしてきたことを私たちも受け継いで、続けてきました」。

365日、24時間。
牛と、家族と、仲間と。

小さい頃から、獣医だった祖父やお父さまの仕事ぶりをみながら、とてもじゃないけど自分はできないと思っていたと、黒瀬さんは話します。

「大学を卒業してすぐは4年半ほど企業に就職して会社員として働いていたんです。でも父が倒れて、牧場を継ぐことを決めました。小さな牧場だけど、365日目がはなせない仕事。人手を募集してもなかなか集まらなくて苦労しました。そんなとき、養護学校からご紹介があって、卒業生がうちで働いてくれるようになりました。いまでは12人の仲間が増え、その内8人は園内の宿舎に住んでいます」。

彼らは4時から牛の世話、掃除、搾乳、殺菌、瓶詰めをして、市内の配達も任されています。

「大変なのよ、みんなに仕事を覚えてもらうの。それぞれの障害によって、個性や特性も違うから、何度も何度も向き合って。でもどうしてもミスしてしまうこともある。ちゃんと最後まで見届けないといけないのよね。ご迷惑をみなさんにおかけしないように、みんなで力を合わせて牛乳をつくっています」。

3度の食事、洗濯、生活全般を含め、彼らの暮らしを植村さんは見守っているのだそうです。

「ぜひ食べていって!」と黒瀬さんが案内してくれたのが、カフェレストランいちづ。園内にソフトクリームや自慢のおやつが食べられるカフェレストランや売店が併設されています。

「今は従業員以外に、妹やその娘たち、私の娘も手伝ってくれていて、仲間と家族で植村牧場を切り盛りしています。広告や宣伝なんかはこれまでしたことなくて、口コミで少しずつみなさんが広げてくださってきました。おかげさまで私の代まで続けてくることができたんです。小さな牧場だけど、祖父や父が大切にしてきたことを受け継ぎながら、仲間たちとこれからも力を合わせて続けていけたらって思っています」。