たつみ茶園/ 巽 直弥さん・千沙さん

奈良県北東端に位置する月ヶ瀬は、大和茶のふるさと。日本でも指折りのお茶の生産量を誇り、古くから多くの人たちに親しまれてきました。セトレならまちのレストランのお茶は、この月ヶ瀬で茶園を営む「たつみ茶園」さんのもの。今回は、たつみ茶園さんの茶畑を訪ねお話を伺いました。

のんびり、ゆったり。
高低差が生み出す、香り高いお茶。

奈良のまちなかから、車を東に向かって走らせること40分。アップダウンしながら山の中を進むと、急勾配の山肌に鮮やかに輝く茶畑が見えてきます。月ヶ瀬は奈良でも最大の生産量を誇るお茶の生産地。

ようこそ!と笑顔で待ってくださっていたのは月ヶ瀬で茶園を営む、たつみ茶園の巽直弥さんと千沙さん。一年でもっとも忙しい新茶の収穫期にも関わらず、生まれて間もないお子さんと一緒に、私たちを迎えてくださいました。

直弥さんはたつみ茶園の二代目園主。1957年にお父さまがはじめた茶園を受け継ぎ、お母さまと妻の千沙さんと、家族4人で茶づくりを営まれています。

「もともと月ヶ瀬でお茶づくりされていた方もいたようですが、月ヶ瀬一帯がお茶の産地となったのは昭和のはじめ頃。月ヶ瀬のみんなで茶づくりに力を入れていこう!っていう大きな動きがあったそうです。父もそのころから茶づくりをはじめたと聞いています。現在は、若手と呼ばれるお茶農家が20軒ほど。それ他も含めると50軒以上の農家が茶づくりに携わっていますね」。

月ヶ瀬の標高は300m以上。朝晩の温度差が激しいため、茶葉はゆっくりと育ちます。こうした土地柄もあって、日本の茶畑の中でももっとも遅いタイミングで収穫期を迎えるのだそうです。厳しい自然条件で、のんびりゆったり育ったお茶は、香り豊かなお茶になります。

茶園を訪ねたのは5月末、新茶を収穫する直前のタイミング。「新芽が出るこの時期にお茶の木に黒い覆いをかけ、日光を遮る“かぶせ茶”という方法でお茶を作っています。光合成の働きを抑え、根っこからぐっと旨味を引き出すんです」。収穫に向けてぐっと力を蓄えた新茶の葉は、黒いカバーのなかで出番を待ちながら、美しく輝いていました。

飲み続けるうちに、
その家の味になっていく。

テニスコーチの顔ももつ直弥さん。高校を卒業してすぐから、家業の茶園に携わってきました。

「学生時代はテニスに打ち込む日々。高校を卒業しても、ずっとテニスができる方法はないかなって家業を継ぐことにしました笑。今もコーチとしてテニスに関わり続けていますが、どうせやるなら!と、お茶にもどっぷり。茶づくりをはじめて20年近くになります」。

直弥さんはお茶の時間を少しでも増やすべく、10年以上前から茶畑に留まらない活動に取り組まれてきました。大阪のデザイナーさんと共同で立ち上げた茶畑のオーナー制度「みんなの茶畑」。この取組は2011年にグッドデザイン賞を受賞されました。

また、商品企画にも力を注がれています。たつみ茶園オリジナルの水出し緑茶やほうじ茶、この春には新たに和紅茶の販売もスタート。たつみ茶園のお茶を携え、全国各地のマーケットにも出店されてきました。茶畑を中心に置きながら、その活動の粋は大きく広がっています。

「おいしいお茶を届けるのはもちろんなんですが、僕たちが届けたいのは、お茶を通した時間。ひとつ屋根の下で、人と人が向き合い、お茶を囲む時間が増えたらいいなって、茶づくりを続けています」と、巽さん。

取材に同行していたセトレチームから、お茶にまつわるエピソードが話題にあがりました。「私の家では、義理の父がお茶をいれてくれる係なんです。おうちで過ごすことが増え、そうした時間の大切さに改めて気づかされたというか……。みんなでお茶を囲んで、おいしいねって過ごす時間にすごくホッとさせられます」。

巽さんが、広く活動を続ける理由もそこにあるのだそうです。

「普段、料理とかしないお父さんとかが、お茶を淹れるとすごいスペシャルになったりしますよね。何気ないけどそれって家族の大切な記憶。そうしたひと時のなかに、僕らのお茶があったら、そんなに嬉しいことってないですよね」。

お茶がつくる、
おだやかな、みんなの時間。

「せっかくですから、一緒にお茶しましょう」と、茶園の真ん中に丸い机を広げ、お茶を淹れてくださいました。お茶請けにと出してくださったのは、千弥さんお手製のおむすびとだし巻き卵。つやつやと光る新茶の樹々に囲まれながら、あたたかいおもてなしを受けて、取材チームも思わずほっと一息。

「新茶の季節に試してほしいのは、熱湯で淹れるお茶です。お湯の温度が高いとお茶は渋みが出るんです。つまり熱いお湯で淹れても嫌な渋みがでないのが、質の高いお茶。この時期は新茶の良し悪しを確かめるために、熱湯でいれたお茶でテイスティングしているんですよ。この渋みの向こうにある味を感じてもらえるのが、新茶ならではの楽しみですかね」。

手軽にお茶をのむ方法はたくさんありますが、急須でお茶を淹れ、ゆっくりとみんなで話をしながら、流れる時間をじっくりと味わう。茶園の真ん中でお茶を囲む贅沢な時間を過ごし、巽さんが茶づくりをしながら紡がれてきた想いを、受け取るひと時となりました。