地域の子どもたちの体験格差をなくしたい。そんな想いで、2025年9月からスタートした「学童ホテル」プロジェクト。ホテルセトレ神戸・舞子に地域の子どもたちを招いて、さまざまな体験を行うという新しい放課後プログラムです。

家でも学校でもない、“ホテル”という非日常の場所で過ごす放課後。それは子どもたちにとって、まだ知らなかった「好き」や「得意」を見つけるきっかけになるのではないでしょうか。

今回は、学童ホテルの“校長先生”を担う江畑昭彦さんにインタビュー。プロジェクトを始めたきっかけや実際にどんなことをやっているのか、思い描く未来についてお聞きしました。

ホテルという空間を生かして、地域課題に向き合う

「学童ホテル」は文字通り、学校終わりの子どもたちが、ホテルで放課後の時間を過ごすというユニークなプログラム。参加費は無料です。神戸市在住の小学3年生~6年生を対象に参加者を募集。約15名の子どもたちが毎週火曜日の放課後、ホテルセトレ神戸・舞子に集まります。

メンバーは半年ごとに入れ替え。同じ期になった子どもたちは、毎週ホテルで共に時間を過ごしながら、学校でも家でもない世界での新しい人間関係を築いていきます。

学童ホテルにいる時間、子どもたちは宿題をしたり遊ぶだけでなく、さまざなプログラムを体験します。ホテルの仕事に挑戦する職業体験や、外部講師を招いてのワークショップ、そして1日の終わりには、迎えに来た保護者と一緒に「かぞく食堂」で食事をして家へ帰る。子どもたちや家族にとって、安心できる“第三の場所”を用意することはもちろん、新しい世界に触れることができる場所として、ホテルという空間と人材、ネットワークを生かした、他にはない学童のかたちを実践し続けています。

プロジェクトが始まったきっかけは、1人の高校生からの提案でした。SETREを運営する株式会社ホロニックには、20歳以下を対象とした「未来創造最高責任者(CFO)」という特別な役職があり、第3期の募集の際に応募してきてくれたのが、高校生の為積縁(ためづみ えん)さん。「地域創生の未来」という選考テーマに対して、彼女が提案したのが「子どもの体験格差をなくすための地方創生型体験プログラム」というアイデアでした。

第3期生CFO高校生の為積縁(ためづみ えん)さん

江畑:子どもたちの毎日は「はじめて」の連続です。一方で、その「はじめて」との出会いの幅が、育つ環境によって左右されてしまうのも現実です。経済状況や家庭の事情によって生まれる、子どもたちの体験の差を少しでも縮めることができないか。そこでひらめいたのが、ホテルセトレを『学童ホテル』としてひらくことでした。学童ホテルはまさに「地域と共にあるホテル」を目指すSETREの理念そのもの。単なるCSR活動ではなく、空いているものを活かし、地域課題に向き合い、子どもたちの未来を育てる。ホテルだからできるチャレンジとして、私たちがいま本気で取り組んでいることの1つです。

職業体験、ワークショップ。
子どもたちの可能性を広げる“本物の体験”

子どもたちが“本物”に触れる機会をつくるため、学童ホテルではホテルの空間をフル活用し、さまざまな体験プログラムを企画・実践してきました。

たとえば「館内体験」。フロントでチェックインを済ませてから、レストランや客室まで、実際のお客様と同じ動線を、子どもたちが自分たちの足で巡るというものです 。エレベーターで部屋に向かって鍵を開けるというだけでも、子どもたちにとっては小さな冒険。また普段は立ち入れないキッチンなど、ホテルの舞台裏もしっかりと見学。子どもたちは巨大な冷蔵庫や洗浄機に目を輝かせて、「ホテルってこうなっているんだ」と興味津々です。

実際にホテルの仕事を学ぶ「職業体験」も大人気のプログラム。フロントでの接客やレストランサービスなど、ホテルスタッフ指導のもとさまざまな実務に挑戦します。「お客様にどんなふうに声をかけたらいいか」を考える時間を設けたりと、スタッフ研修さながらの場面もあり、現場の空気の中で子どもたちはさまざまなことを学んでいきます。

江畑:厨房の裏側を見せた時、巨大な冷蔵庫や10秒で洗える食洗機に目を丸くしたり、私たちの何気ない日常が、子どもたちにとっての特別な経験になるのだなといつも感じています。職業体験ではホテルというおもてなしの空間をつくる側の立場に立ってみることで、相手の気持ちを想像する思いやりの練習にもなっていたらいいなと思っています。

ホテル内だけでなく、外部講師を招いてのワークショップにも力を入れています。管理栄養士による和菓子作り教室、大道芸人が教える大道芸&スライム作り、音楽家による楽器体験など、五感を使った体験の内容は多岐に渡ります。またときにはホテルを飛び出して、“まち”というフィールドで学びを深めることも。みんなで明石海峡大橋を見学したり、地域企業と連携した職業体験をしたり、本物のものづくりや仕事に触れることは、子どもたちにとってとても刺激的な体験です。

学童ホテルでの学びをリアルで実践するべく、2026年3月には1期生の活動の集大成として、垂水駅前でイベント「虹色キッズマルシェ」を開催しました。子どもたちは「虹いろキッズカフェ」と題し、カフェ出店にも挑戦。学童ホテルの時間を使って、メニューやサービス、役割分担を話し合いながら準備を重ねました。イベントには約5000人が来場し、子どもたちはお互いに声を掛け合いながら、一生懸命にカフェを運営。半年間、学童ホテルで共に過ごしてきた仲間たちと協力して、自分たちの手でカフェを作り上げる。その体験は、彼らにとって大きな自信と成長につながるものでした。

江畑:子どもたちにとって学童ホテルは、肌で感じるリアルの中で、自分の「好き」や「得意」を見つけていく時間。新しいモノゴトや人との出会いを通して、子どもたちの世界はどんどん広がります。子どもたちのいきいきとした表情と、どきどきしながらチャレンジする姿に、学びの可能性の広がりを感じています。学童ホテルを卒業した後も、イベントなどを通じて私たちと彼らとの交流は続いていきます。またここで同じ時を過ごした子どもたち同士の関係も、きっと続いていくと信じています。

地域ぐるみで子どもたちを育てるための第一歩になりたい

学童ホテルの“校長先生”として、プログラムの企画・運営を担当する江畑さん。学童ホテルの当日は登園する児童のリストをチェックし、子どもたちが帰っていく時間まで息つく暇もありません。それでも楽しんでいる子どもたちの姿を見ていると、「もっと良い時間にしよう」と思えると話します。

江畑:ホテルは宿泊するだけの場所じゃない。そんな思いから学童ホテルは生まれました。年齢も学校も違う子どもたちが、1つの食卓を囲んでモリモリごはんを食べていたり、職業体験で少しだけ背伸びして自信が滲んでいる姿を見せてくれたり。彼らにとってここは、新しい人や自分との出会い、新しい世界を発見するなんだなと感じています。保護者の方から「学童ホテルは親が頑張らなくてもいい習い事のような居場所」という言葉をいただいたことは、私たちの大きな励みになりました。

もちろん実際の運営には、開催日数や参加人数の限界や、人材や予算の確保、プログラム内容の継続的なブラッシュアップなど、いくつものハードルがあります。スタート当初は江畑さんが1人何役もこなしていた学童ホテルプロジェクトですが、現在は行政や地域住民、「かけはしパートナー」として活動をサポートしてくれる企業も増えてきました。江畑さんは今後もっと多くの仲間と力を合わせながら学童ホテルを持続可能なプロジェクトに育て、やがては全国の“放課後” に広がっていけばと話します。

江畑:セトレの仲間も巻き込みながら、少しずつこの温かな場が広がっていることをうれしく感じています 。ホテルセトレ神戸・舞子での取り組みを起点に、今後は学童ホテルを他のセトレ拠点、さらには他ホテル・他地域へと広げていくことを目指しています。また毎週の学童保育にとどまらず、長期休みには一般の方向けの体験イベントを実施し、寄付や協賛をいただいている企業へ出張学童ホテルも提供していきたい。学童ホテルの仕組みや体験プログラムをさまざまな場面で活用いただけるような、多様な展開を構想しています。

子どもの体験格差を埋めること、そして子どもだけでなく親にとっても「安心できる第3の居場所」であること。強制ではなく「やってみたい」という気持ちを尊重し、学童ホテルのある日が親子にとって楽しみになる存在でありたい。学童ホテルは、“地域ぐるみで子どもたちを育てる”という理想の未来への投資でもあります。

さらにSETREにとって営利事業と非営利事業を分業しながら進めるこの挑戦は、将来のホテルの在り方を探る試みでもあります。社会とつながることで、ホテルの価値も高めていく。 学童ホテルはそんな可能性を体現する取り組みでもあるのです。

江畑:いつかこの学童ホテルに参加した子どもたちが、将来セトレで働くようになったり、結婚式を挙げてくれたり、彼らの“人生に寄り添う場所”になれたら本当にうれしいですね。どんな環境で育っても、子どもたちが自分の「好き」と出会えるチャンスがある社会。学童ホテルというこの小さな一歩が、やがて社会全体の当たり前になるように。私たちはこれからも、子どもたちと地域の未来をつなぐ挑戦を続けていきたいと思います。