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滋賀県竜王町の竜王インターチェンジそばを車で走ると、突如牛舎とアイスを片手に走る牛の壁画が目に入ります。ここは、古株牧場と直営店の湖華舞(こかぶ)。取材当日、カフェのランチは平日にもかかわらず満席で賑わっていました。

古株牧場では、40頭の乳牛と500頭の近江牛を飼育し、新鮮な牛乳から精製され手作りしたジェラートやケーキ、チーズを製造・販売する6次産業を営んでいます。

セトレマリーナびわ湖のレストランやセトレオリジナル商品「塩麹のトマトクリームパスタソース」には、湖華舞のチーズを使用しています。滋賀の気候風土を活かしたチーズづくりに邁進し、「私にしかできないチーズ」を追求するチーズ職人古株つや子さんを訪れました。

牛からいただいていることを
直接感じてもらいたい

乳牛の搾乳は朝夕2回。牛にストレスを与えないよう、出産は1〜2年の間隔で約5、6回。牛のサイクルに合わせた飼育を大切にする牛舎はカフェの目と鼻の先にあります。

「牛舎のそばに飲食店があることは衛生的にも厳しい目で見られますし、リスクもある。それでも一体の運営に意味があると考えています。あまり匂いが出ないよう餌や飼育環境にこだわっていますが、牛の匂いを通して『この環境から育った牛からいただいたものを食べている』ことを直接感じてほしいんです」

そう話すのは、チーズ部門を手がける古株つや子さん。代表的なチーズ「つやこフローマージュ」は、乳酸菌の力で牛乳を凝固しじっくり熟成させたチーズでほどよい酸味と甘みが感じられます。JAPAN CHEESE AWARD2014金賞を受賞し、JALのファーストクラスでも提供されるなど高く評価されています。その他クリームチーズやブルーチーズ、滋賀県産の食材を組み合わせたチーズも製造・販売しています。

つや子さんに案内されたのは、半地下にあるチーズの熟成庫。
「この温度・湿度を管理する熟成庫では、固いタイプのチーズを3ヶ月〜半年ほど寝かせます。2日に1回チーズを反転させて毎日塩水で外側を磨いて形成すると、はじめは真っ白なチーズも少しずつ色が変わってくるんです」

5キロにもなるチーズを反転したり、チーズの発酵を見極めながら乾燥する季節や暑い夏場など、変化しやすい環境に迅速に対応したり。チーズを熟成させる棚にもこだわりがあります。

「棚の材はエピセアというもみの木を扱っています。通気性とほどよく湿度を保ってくれる材木で、海外の原産地呼称制度に守られた伝統的なチーズにはエピセアで熟成させるという決まりがあるほどです」

地域の特性を活かし
ここでしかないものを作る

現在日本では、約300箇所でチーズが生産されており、つや子さんは滋賀のこの地でチーズを作ることに強い思いがありました。

「滋賀は四季がはっきりして夏も牛がバテるくらい暑いし、正直チーズづくりにあまり向いていません。でも、長年酪農で丁寧な牛の飼い方をして、その延長でチーズ作りを始めました。この気候風土を活かして作ったものなら、逆にここでしか作れないものになるんじゃないかと思ったんです」

チーズは色々な食材との相性が幅広く、配合や熟成のさせ方でも表現が変わります。試してみると形になるものばかりなのも魅力の一つ。ヒラペリラという滋賀県産の赤紫蘇やクミンシードを混ぜたチーズも商品化しています。

「チーズを通して、発酵に関わっていたり琵琶湖の水産物を扱っていたり、歴史ある日本酒や野菜を作られている方など様々な生産者と出会うことも増えました。悩みや課題もあるなかで、これだったらチーズと絡めてもなど助言してもらうこともあります」

チーズを通してつながる滋賀の生産者との関係性が、ここでしかうまれないチーズの原動力となっています。

「私にしかできないものを作りたい」
美容からチーズの世界へ

つや子さんは高校卒業後美容業界に就職。その後、24歳で家業を手伝いはじめます。チーズ製造の開始、北海道やフランスでの研修、常につや子さんの心には、揺るぎのないある想いがありました。

「『私にしかできないものを作りたい』という強い想いは、3人兄弟の末っ子で負けず嫌いな幼少期が影響しています。幼少期から両親は忙しく、アピールするものがないとかまってもらえず承認欲求が強い方でした。美容の世界で美容師免許を取得して5年、お客さんもついて将来を考えていた頃、実家が牛舎を改装して店舗を作りたい、やるなら家族でやりたいと話を聞かされて。『手伝ってくれへんか』と母親から相談がありました」

酪農一本だった家業が6次産業に着手し母がはじめたジェラートの製品化を面白いと感じていたつや子さん。「食べることは絶対ですし、未来があるなと思いました」。

「牛乳があり、すでに姉がジェラートもスイーツも作っている。それならチーズが好きだし、自分ならここだけのものが表現できると思いました。加工場を作り設備を導入して、チーズ部門を軌道に乗せるからと偉そうに言って、後に引けない状況に自分を追い込んでいましたね。でも、いざ始めたら思ったよりうまくできなくて。研修で学ぶことになり、絶対に成功させなくてはととにかく必死でした」

フランスでの研修で気づかされた
チーズづくりの本質

試行錯誤する中、北海道での研修後、1年ほど行ったフランスでの研修では、チーズづくりの姿勢が変わるほどの影響を受けました。

「フランスの研修では、絶対ものにしないといけないと、片言のフランス語で『温度はどうなっているか。いまのタイミングじゃないといけないのか』など数値的なことを聞いていました。すると1軒の農家さんが『数字ばかりで緻密なことしても、絞っているミルクは農産物だしそればかりではよいものはできない。作るときの感覚やもらったミルクの状態などの五感を磨きなさい』と言われてハッとしたんです」

五感を磨くことの大事さに気づかされたと同時に、彼らの生活スタイルにも影響を受けました。ヤギの搾乳は春と秋のみ。春に絞れたミルクで製品を作りマルシェで販売し、収益で他のものを購入し、絞れない時期は豚やウサギ、鳥などを飼い、肉やソーセージに加工して販売するというシンプルな暮らし。さらに、お母さんはそれを全部しながら子供を育て、小学生を招き食育としてチーズ作りの体験をしていました。

「本来人間のあるべき姿というか、家畜という生き物を殺して命を食べて生きるシンプルなサイクルを根底に日本でも仕事ができれば、心が豊かに生きていけるなと思って。わが家も酪農が始まりですから、このスタイルをコンセプトに、地に足をつけて農業をすることが一番大事だと思っています」

シンプルな生き方は、家族と生活にもつながります。つや子さん自身、3人の子供を育てる母でもあります。

「子供を育てながら仕事をするのも憧れていたスタイルでした。ヤギ農家のお母さんは人間味もあって、お手本にしているところもあります。家族を持って生活をするなかに豊かさがないと楽しくない、面白くないんです。なぜかと考えたとき、本当はそういうシンプルな生活こそが、一番幸せと思える生活になるんじゃないかと思ったんです」

牧場と店舗を同敷地に構えるのも、訪れたお客さまにもこういうことを感じてもらいたくて取り組んでいることばかり。家族と生活が軸にあることが、つや子さんにとってとても大切なこと。そして、いつか子供が成長したら、定期的にフランスの地を訪れたいという夢も伺いました。

家族で営んできた多角化経営
そして、新たな挑戦へ

両親が始めた酪農から6次産業へと展開していき、いまはつや子さんの兄が近江牛を育て、姉がスイーツを担当し、そしてつや子さんがチーズ作りを担っています。古株牧場は今年、第59回農林水産祭多角化経営部門の天皇杯を受賞しました。酪農から6次化、そして多角化経営と、どのように経営を展開し成り立たせてきたのでしょうか。

「どの部門も一気にできたわけでもなく、家族で話し合いながら次はこれできるかな。次これやってみようか。の繰り返しですね。言い合うことも、怒ることも怒られることもあります。仲は良いのかなと思いますけど、助け合いながらやれてこれたのかな。あまり口に出して言わない家族で、淡々としていますね。シャイというか」

お互いの挑戦を尊重しながら進んできた古株一家。さらに、つや子さんの新たな挑戦として伺ったのが、牛乳からチーズを作る時に発生するホエーという水溶液の再活用でした。

「例えばハードタイプのチーズを作る際に牛乳の10分の1くらいしか身にならず、残りは全てホエーになるんです。栄養価がすごく高いのに、毎日出てくるホエーをほぼ活用できていなくて。もっと無駄がない農業につなげて活用できるサイクルを築きたくて、最近やっとその活用方法の入り口まできました。美容関係なのですが、ちゃんとホエーを活かせる事業を実現したいと考えています」

もともと美容関係にいた経験が生きる次なる挑戦。せっかく牛からもらっているものを、すべて無駄なく使いたいと意気込むつや子さんが実現する日はそう遠くなさそうです。

終わりなきチーズづくりへのあくなき探究を続けるつや子さん。母であり、職人であり、諦めない彼女の、これからの展開が楽しみです。