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2021/05/12

意外と知らない?舞子に縁のある歴史上の人物をご紹介。

兵庫県神戸市の南西部に位置する舞子。目の前にダイナミックな明石海峡大橋と瀬戸内海を望み、どこかゆるりと時間が流れるリゾート感のある街は、神戸の中でも「住みたい街」としての人気も高い街です。

そんな舞子の歴史を辿ってみましょう。

舞子について

古くから海が一面に広がる風景は美しく、「舞子の浜」として知られていました。

江戸時代には、松尾芭蕉が明石海峡と舞子の浜の景観を句として残しており、古くから人々の心を動かす風景だったことが分かります。

「舞子」という地名の由来には諸説あるのですが、舞子の浜に立ち並ぶ松が舞妓が舞う姿に似ていたからという理由はそのひとつ。

「舞子」という地名の音の響きや歴史には、どこか物語のある美しさを感じますね。

明治時代から昭和時代にかけて、舞子には時代の先駆けとなるような邸宅や洋館が建設されます。

舞子の歴史

今でも多くの観光客、地元住民で賑わう「舞子公園」は、明治33年に開園したもっとも歴史のある兵庫県内の県立公園です。

その美しい景観と豪邸や高級料亭が立ち並ぶ舞子の街は、「ハイカラ」で憧れの街だったのではないでしょうか。

今でも当時の邸宅の一部は、イベントホールや現在ドラマや映画撮影などで使用されています。

そして平成10年。約10年もの歳月をかけて世界最長の吊り橋「明石海峡大橋」が完成します。

舞子だけではなく神戸のシンボルとして、多くの人々に愛されています。

舞子に縁のある人物1:勝海舟

出典:Wikipedia「勝海舟」

舞子に現在も残る歴史的な遺跡のひとつが「舞子砲台」です。

江戸時代末期に作られた砲台跡で、外国船による侵略に備えて幕府が警備強化のために、現在の舞子がある明石藩に築造を命じて造られました。そしてこの砲台の築造を指導したのが勝海舟です。

海峡を挟んだ対岸の淡路島にある松帆台場と協力して、明石海峡を通過する外国船を挟み撃ちにする計画だったとされていますが、実際に使われることはありませんでした。この建設には勝海舟が開設した「神戸海軍操練所」も携わっていました。

神戸海軍操練所には坂本龍馬が在籍していたので、坂本龍馬もまた、舞子の地を歩いたかもしれませんね。二人の目に舞子の地はどのように映っていたのでしょうか。

現在も砲台跡は遺跡として残っており、石垣は築造当時のまま、良好な状態を見学ができます。舞子の歴史を物語る上でとても貴重な資料です。ぜひ勝海舟と坂本龍馬へ想いを馳せながら訪れてみましょう。

舞子に縁のある人物2:孫文

出典:Wikipedia「孫文」

明石海峡大橋のたもとにある舞子公園。公園内で目を引くのがグリーンのレトロな建物「移情閣」です。

この移情閣にゆかりのある人物が、中国の革命家である「孫文」。中国では「革命の父」と呼ばれており、革命活動中は多くの日本人と関わり、何度も日本を訪れました。

元々「移情閣」は神戸で活躍した貿易商の「呉錦堂(ごきんどう)」の別荘である「松海別荘」が前身です。

1913年に孫文が神戸に訪れた際に、この別荘で神戸の中国人や政財界有志が昼食会を開いたので、孫文ゆかりの地とされています。

現在は「孫文記念館」として神戸と孫文の関わりや歴史について展示されており、日本で唯一の孫文をたたえる記念館。国指定の重要有形文化財にも指定されています。

舞子に縁のある人物3: 歌川広重

出典:Wikipedia「歌川広重」

歌川広重は江戸時代に活躍した浮世絵師です。現在の舞子公園一帯は、「舞子の浜」として知られ、かつては1000本以上の松の木が生い茂り、松林と青く美しい海岸の風景は「天下の名勝」といわれていました。

歌川広重は数々の名作を生み出しましたが、1853年に日本全国の名所を描いた浮世絵木版画である「大日本六十余州名所図絵」に「播磨舞子の浜」として舞子の浜を作品に残しています。

青く広がる海と砂浜、そして立派な何本もの松林が描かれており、作品に描かれた舞子の浜には威風堂々とした荘厳さを感じます。

日本の数ある風景の中で、日本の歴史に名を残す絵師が選んだ舞子の浜。きっと当時の人々の心を惹きつける場所だったのでしょう。そして現在も世界一の吊り橋を眺めることができる公園として、多くの人々に愛されています。

舞子に縁のある人物4:源義経

出典:Wikipedia「源義経」

源義経は、今も数々の歴史ドラマや歴史本などで語り継がれる「源平合戦」で活躍した人物です。源平合戦は平氏と源氏との権力争い。

その戦いのひとつ「一ノ谷の戦い」の舞台となったのが舞子の隣に位置する須磨です。この戦いで有名なのが源義経による戦法「鵯越(ひよどりごえ)の逆落とし」。急勾配の坂を利用して、平氏の背後から奇襲をかけた戦法です。

この戦いにより平氏優勢であった戦いは源氏側に有利となりました。源平合戦の中でも一ノ谷の戦いは合戦のクライマックス。平氏側、源氏側ともに胸が熱くなるドラマが繰り広げられました。

史跡が多く残る須磨一帯の街は歴史ファンに人気の観光スポットです。多くの武将たちが戦った源平合戦。舞子の海岸からは、戦いの舞台となった須磨から兵庫へ続く街を見渡すことができます。

まとめ

舞子の歴史のキーワードは「美しい景観」ではないでしょうか。穏やかな海が広がる美しい光景はきっと昔から多くの人々に愛されていたのでしょう。

この景色を歴史上の有名な人物たちも眺めていたんだと思うと、なんだかロマンチックな気持ちになりますね。

現在のリゾート感ある雰囲気、そして世界一の大吊り橋が架かる光景をもし彼らが見たら、どのように思うのでしょうか。

舞子にまつわる歴史や歴史上の人物を少し知って置くと、より一層心に残る旅ができるはずです。

ホテルセトレ神戸・舞子
HOTEL SETRE
住所:兵庫県神戸市垂水区海岸通11-1
TEL:078-708-3331
営業時間:
【ホテル】火曜定休(祝日・夏期・年末年始を除く)
【ブライダル】平日12:00-19:00/土日祝10:00−20:00/火曜・水曜定休
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